はじめに
書き言葉、印刷物、ラジオ、テレビ、インターネット、SNS、生成AI──。 私たちは、何かを伝えるとき、必ず何らかの媒介物(メディア)を経由しています。 そして、媒介物が変わると、伝わる内容も、社会のかたちも、知らないうちに変わっていきます。
この「媒介すること」そのものを主役に据えて、社会と文化を分析しようとする研究領域があります。 今回取り上げるメディオロジー(médiologie)と、その中心概念であるメディア圏です。 フランスの哲学者レジス・ドブレ(Régis Debray)が、1991年の『一般メディオロジー講義』で提唱しました。
1. メディオロジーとは何か
メディオロジーは、ひとことでいえば、
メディエーション(媒介作用)に着目して伝達作用を研究する、フランスのドブレにより提唱された研究領域・方法。
を指します(吉岡のノートより)。
似た領域に、コミュニケーション研究、記号学、メディア研究などがあります。 これらと、メディオロジーの違いは、次の点にあります。
- コミュニケーション研究:「誰が」「何を」「誰に」「どんな効果で」伝えたかに着目
- 記号学:メッセージそのもの(記号)の意味構造に着目
- メディオロジー:その伝達を支えている媒介作用そのものに着目
ドブレの問題意識は、
コミュニケーション研究や記号学が、媒介作用の社会性・政治性や、技術的基盤を含む物質性、そして通時的作用を十分に考慮していない
──というものでした。 彼は、メッセージが伝わるためのインフラ、技術、物質、制度、時間の流れを、もっと真剣に分析対象に据えるべきだと考えました。
2. メディア圏という発想
メディオロジー的に見ると、社会あるいは時代は、特定のメディア圏(mediasphere)に属するとされます。
ドブレが整理したメディア圏は、おおむね次のように区別されます。
ひとつ目は、記憶圏(logosphère の前段階としての部族社会的世界)。 文字を持たない部族社会的な段階。記憶・口承・身体に伝達が依存する世界。
ふたつ目は、言語圏(logosphère)。 話し言葉に依存する大帝国時代。 口頭の伝達、宗教的儀礼、口伝の知識が中心になる時代です。
三つ目は、文字圏(graphosphère)。 書き言葉を中心とする近代。 印刷術が確立し、書籍・新聞・公文書が知のインフラになった時代。 近代国家、近代科学、近代法──いずれも文字圏の産物です。
四つ目は、映像圏(vidéosphère)。 ドブレは、現在は映像圏に移行しつつあると論じました。 テレビ、映画、写真、デジタル映像──。 書き言葉ではなく、映像と音声が知のインフラになる時代です。
そして今は、さらにデジタル圏(hypersphère)に移行しているとも言えます。 SNS、生成AI、アルゴリズム、データインフラ──。 これらが新しい伝達の基盤になりつつあります。
3. メディア圏が変わると、何が変わるか
メディア圏が変わると、
- 知識のかたち
- 権力のかたち
- 共同体のかたち
- 信仰のかたち
- 時間の感じ方
──のすべてが変わっていきます。
たとえば、文字圏では、
- 書物が知の中心になる
- 印刷術が宗教改革と国民国家を生む
- 公文書が官僚制を支える
- 著作権、知的財産という発想が生まれる
ところが映像圏では、
- テレビが世論を作る
- 映画とCMがアイデンティティを売る
- 顔と身体イメージが政治家の力になる
- 「見せ方」が中心的な技術になる
このように、媒介の質が変わると、社会の中身まで変わってしまう。 これがメディオロジーの中心的な発見です。
4. マクルーハンとの比較
メディオロジーは、カナダのマーシャル・マクルーハン(Marshall McLuhan)の「メディアはメッセージである」という有名な議論と、響き合うところがあります。
マクルーハンも、「内容より、メディアそのものが社会を変える」と論じました。 ドブレのメディオロジーは、この発想を、より体系的・歴史的に発展させた試みだと言えます。
ただし、ドブレは「技術が一方的に社会を変える」という技術決定論ではなく、技術と社会の相互作用を細かく見ることを重視します。
5. デジタル時代のメディオロジー
ドブレが80年代末〜90年代に提示した枠組みは、2020年代のデジタル社会にますます有効です。
- ニュースを誰から、どんなインフラを通じて、どう受け取るか
- 政治家のメッセージが、テレビ、SNS、ライブ配信のどれで届くか
- 子どもがYouTubeで何時間も過ごす生活が、知の形成にどう影響するか
- 生成AIが、私たちの「ものを書く」「ものを考える」習慣をどう変えるか
これらは、すべてメディオロジー的な問いです。 情報の中身(コンテンツ)だけを論じるのではなく、それを支えるインフラ(媒介作用)に目を向ける。 ここに、メディオロジーの強みがあります。
6. インタビュー研究と、メディオロジー
TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、メディア圏の移行は、生活の手触りとして登場します。
- 「新聞を読まなくなってから、何が変わったかというと……」
- 「LINEで連絡が来るようになってから、人との距離感が変わった」
- 「テレビで見て育った人たちと、SNSで育つ世代では、価値観が違う気がする」
- 「ChatGPTで文章を書くようになってから、考え方が変わってきた」
これらの語りは、その人がどんなメディア圏のなかを生きてきたか、そして、いまどんな移行のなかにいるかを示しています。 語りを「内容」だけで聴くのではなく、「どんなメディアを通じて生きているか」も含めて聴く──。 ここに、メディオロジー的な厚みのあるインタビュー研究が、ひらけてきます。
結び
メディオロジーは、「何が伝わったか」ではなく、「何を通じて伝わったか」に光を当てる試みです。
私たちが生きている社会のかたちは、メディアの質によって、深く規定されています。 SNSと生成AIが急速に普及している今、メディオロジー的な問いはむしろ切実です。
「いま、私たちはどんなメディア圏に移行しているのか」──。 この問いに、それぞれの立場から答えを探していくことが、メディアと社会の未来を考えるための入口になります。
参考資料
- レジス・ドブレ『一般メディオロジー講義』(1991)
- マーシャル・マクルーハン『メディア論』(1964)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「メディオロジー・メディア圏」
- 関連:送り手・受け手研究(#44)、カルチュラルスタディーズ(#43)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】