はじめに

これまでの3回で、社会学的想像力(#01)、社会的事実(#02)、ライフヒストリー法(#03)と、Tapi在野研究ネットワークが拠って立つ言葉を整理してきました。

今回は、Tapi在野研究ネットワークが「ひとりの語りを聴く」というときに、もうひとつ重要な拠り所になっている社会学を取り上げます。

現象学的社会学(phenomenological sociology)です。

1. 現象学的社会学とは何か

現象学的社会学は、ひとことでいえば、

エトムント・フッサールの哲学の方法である現象学的アプローチを、マックス・ヴェーバーの理解社会学の方法に応用する社会学の立場。

を指します。オーストリア出身の社会学者アルフレッド・シュッツ(Alfred Schütz)が初めて提唱したとされます。

少し堅い定義ですが、関心の中心はとても具体的です。

「日常的生活世界とはいかにして構成されるか」

これが、現象学的社会学のメインテーマです。

私たちが生きている日常は、自分の意志で一つひとつ組み立てているわけではありません。「朝、人と会えば挨拶をする」「電車では並んで待つ」「同僚に対して敬語を使う」──そういった暗黙的に了解されている自明性のうえに、私たちの行為は乗っています。

その自明性は、いったいどのように出来あがっているのか? これを問うのが、現象学的社会学です。

2. ヴェーバーとフッサールのあいだに立つ

現象学的社会学の独特の位置は、その出自に表れています。

シュッツはこの二つを掛け合わせて、こう問います。 私たちが日常生活のなかで「あたりまえ」と感じていることは、行為者の意識のなかで、どう構成されているのか。

シュッツ自身の言葉によれば、社会科学の概念は「生活世界のなかで個々の行為者の遂行する行為が、行為者の仲間だけでなく、行為者自身にとっても、日常生活の常識的解釈という観点から理解可能になるように構成されなければならない」(『シュッツ著作集』第1巻、98頁)。

少し回りくどい言い方ですが、要点は明確です。 社会学が「外側から」社会を分析するのではなく、生活者自身の意味世界のなかから、社会の成り立ちを記述する、という立場の宣言です。

3. その後の展開:バーガーとルックマンへ

シュッツの現象学的社会学は、その後ピーター・L・バーガートーマス・ルックマンに引き継がれました。

彼らの著作『現実の社会的構成』(1966年)は、社会学のあり方を一段書き換えた本としていまも読まれています。 日常生活世界の「あたりまえ」が、人と人とのあいだの相互作用を通じて社会的に作られていく──というこの発想は、後の社会構築主義(次回以降で取り上げます)にも繋がっていきます。

4. インタビュー研究と、現象学的社会学

Tapi在野研究ネットワークのインタビュー研究は、現象学的社会学の発想と、深く重なっています。

私たちがインタビューでひとりの語りを聴くとき、関心の半分は「その人の経験そのもの」にあります。 ですがもう半分は、その人の日常のなかで、何が「あたりまえ」とされているかにあります。

たとえば、「子どもを持つ理由・持たない理由」のインタビューで、ある人が「結婚したら子どもを持つのが普通だと思っていた」と語ったとします。 この「普通だと思っていた」という言葉のなかには、その人の生活世界の自明性が、まるごと折り込まれています。 何が「普通」として共有されているか、それはどのように作られてきたか──ここを丁寧にほぐすのが、現象学的社会学的なインタビューの仕事です。

結び

現象学的社会学は、私たちの「あたりまえ」がどう出来ているかを問う社会学です。

Tapi在野研究ネットワークが、ひとりの語りを聴きながら、その背景にある「自明性」までを記述しようとしているのも、シュッツのこの発想の延長線上にあります。

次回は、この発想がさらに展開していった先のひとつ、社会構築主義を取り上げます。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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