はじめに

これまでの2回で、社会学の発想にあたるふたつの言葉を取り上げました。

今回は、その発想を実際に手を動かす研究方法にまで降ろした言葉を取り上げます。
Tapi在野研究ネットワークがいま、まさに使っている方法論のひとつ、ライフヒストリー法(life history method)です。

1. ライフヒストリー法とは何か

ライフヒストリー法とは、ひとことでいえば、

対象者による語りに、他者の語りや他の資料を加え、研究者の問題関心に沿って再構築したうえで分析する方法。

を指します(吉岡のノートより)。

もう少しかみ砕くと、こうなります。

ある個人が、調査者である聞き手に向かって、自分の人生を語る。
聞き手は、その語りをそのまま受け取るだけではなく、他のインタビューや、文献・統計・歴史資料などを重ね合わせて、その人の人生を再構築して記述する
そうして書き上げられた人生の記述から、研究者の問いに対する手がかりを探していく。

「ライフヒストリー」は、生活史あるいは個人史と呼ばれることもあります。
いまを生きる人びとの人生そのものが、研究の対象になる、というのが大きな特徴です。

2. ライフヒストリー法の特徴

ライフヒストリー法は、社会学のなかで見たとき、いくつかはっきりとした特徴があります。

(1) 主体的行為者の視点が中心

通常の社会学研究は、社会構造を優位に置く視点が強調されがちです。
階級、世代、地域、ジェンダー──こういった構造のなかに個人を位置づけ、そこから人びとの行動を説明しようとする。

ライフヒストリー法は、その向きを少し変えます。
主体的な行為者である個人の視点を、いったん中心に据える。
その人がどう人生を経験してきたかを、その人の側から再構成する。

そのうえで、その経験のなかにどんな社会の構造が折り込まれているかを読み解く。
社会学的想像力でいう「両端を行き来する」作業の、個人側の入口にあたる方法です。

(2) 数量化やパターン化とは異なるアプローチ

ライフヒストリー法は、個人の行動パターンを数量化したり、典型像に分類したりすることを目的にしません。
社会的行為者(個人)の主観的見方を明らかにし、人間行動を理解しようとする調査方法です。

そのため、サンプルサイズが小さくても成立しますし、むしろ少数の人生を深く読み解くほうが向いている、ともいえます。

3. ライフヒストリー法の起源

ライフヒストリー法のルーツは、20世紀初頭のアメリカ・シカゴ大学社会学部、いわゆるシカゴ学派にさかのぼるとされます。

当時のシカゴは、ヨーロッパからの大量の移民を受け入れている都市でした。
シカゴ学派の社会学者たちは、移民たちひとりひとりの個人史(ライフヒストリー)を聞き取り、それを文献や手紙などの資料と重ね合わせて、移民社会の構造を読み解こうとしました。

つまり、ライフヒストリー法は、もともと「社会の中に置かれた個人の経験を、丁寧に聴いて、社会を理解する」という志向のなかで生まれた方法論なのです。

100年近くの歴史をもつ、社会学の伝統的な手法のひとつといえます。

4. Tapi在野研究ネットワークとライフヒストリー法

Tapi在野研究ネットワークが進めているインタビュー研究は、いずれもひとりの人生を丁寧に聴くことから始まっています。

どのテーマでも、私たちは語り手のひとりひとりに「あなたの人生において、これはどう経験されてきたのか」を聞きます。
そして、語りの束を社会の構造(雇用、ジェンダー、家族、医療、教育、福祉…)と重ね合わせて読み解いていく。

これは、ライフヒストリー法のオリジナルな精神そのものでもあります。
Tapi在野研究ネットワークは、新しい方法を発明しているのではなく、100年前から社会学が大事にしてきた方法を、いまの社会のテーマに当てている、ともいえます。

そう考えると、Tapi在野研究ネットワークの活動は、けっして奇をてらったものではない。
古典的な社会学研究の系譜の上に、自分たちなりにのっている、と言えそうです。

結び

ライフヒストリー法は、ひとりの人生をひたすら聴く、という素朴な行為のように見えて、その背後には100年分の社会学的な蓄積があります。

いまを生きる人の語りを、過去の社会と未来の社会のあいだに置き直すこと。
Tapi在野研究ネットワークにとってのインタビューは、この営みでありたいと願っています。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

お問い合わせCONTACT