はじめに

社会学を学び始めた頃、いちばん最初に出会って、いまも私の研究の中心にあり続けている言葉があります。

それが、社会学的想像力(sociological imagination)です。

C・ライト・ミルズというアメリカの社会学者が、1959年に同名の書籍で提示した概念です。インタビュー研究を軸に進めている Tapi在野研究ネットワークにとっても、この言葉は活動の出発点でもあり、目的地でもあります。

このコラムでは、社会学的想像力とは何か、なぜそれが Tapi在野研究ネットワークの方法論にとって重要なのかを、私自身の整理として書いておきたいと思います。

1. 社会学的想像力とは何か

社会学的想像力は、ひとことでいえば、

身近な出来事を、社会全体で起こっている問題と結びつけて考える能力。
もしくは、社会全体の出来事を、身近な出来事に還元して考える能力。

のことを指します(名古屋大学文学部社会学研究室の説明)。

ミルズはこれを、よく知られた一つの場面でたとえています。

朝、一杯のコーヒーを飲みながら新聞に目を通す。そのコーヒーは、グローバルに展開する資本主義のシステムを通じて、地球の裏側の国々とつながっている。一方、戦争や政変や災害を報じる記事の陰には、私たちとよく似た無数の家族や恋人たちが住んでいる──。

ここで重要なのは、「自分の朝の一杯」と「世界のニュース」が、別々の話ではない、という認識のしかたです。
社会のなかの大きな出来事と、ひとりの人生の小さな出来事は、同じシステムの両端に位置しています。
その両端を行き来する能力こそが、社会学的想像力です。

2. なぜミルズは、この概念を必要としたのか

ミルズが活動した1950〜60年代のアメリカは、戦後の繁栄のなかにありました。
しかしミルズは、その繁栄を「上のほう」で決められたものとして批判的にとらえます。彼はこれを パワー・エリート による支配と呼び、社会の管理化に警鐘を鳴らしました。

一方で、当時の主流派社会学(タルコット・パーソンズの構造機能主義など)は、社会システムの精緻なモデル化を試みていました。ミルズはこれを「誇大理論(grand theory)」と名指しで批判します。

彼の問題意識は、こう要約できると思います。

社会学が、社会の上層を抽象的に分析することに終始し、生活者ひとりひとりの実感から遠ざかってしまうなら、それは社会学の役割を果たしていないのではないか。

その反省のもと、ミルズが市民全員に持ってもらいたいと願ったのが、社会学的想像力でした。
社会の出来事を「自分の話」として聞き直す力。自分の出来事を「社会の話」として語り直す力。
そのための翼を、社会学者だけでなく、すべての人に。

私はミルズのこの発想に、いまも深く影響を受けています。

3. インタビュー研究と、社会学的想像力

社会学的想像力は、インタビュー研究の方法論ともきわめて相性のよい概念です。

ライフ・ヒストリー法、現象学的社会学、聞き書き──いずれも、ひとりひとりの語りを丁寧に聴く方法論ですが、その目的は単に「ひとりの人生を記録すること」だけにとどまりません。

ひとりの語りには、その人だけの個別性と、その人を取り巻く社会の構造の両方が、同時に折り込まれています。
たとえば「子どもを持たない」というひとつの選択の背景には、

──といった社会的・歴史的要因が、いくつも重なり合っています。

語りの個別性をそのまま受け取りながら、その背後にある社会の構造をも読み解くこと。
これが、社会学的にインタビューする、ということです。

ミルズの言葉を借りれば、両端を行き来する翼を持って、ひとりの語りを聴く、ということになります。

4. Tapi在野研究ネットワークにとっての社会学的想像力

Tapi在野研究ネットワークが掲げているフレーズに、次の一行があります。

ひとりの人生と、社会の歴史は、どちらか一方では語れない。

この一行は、ミルズの社会学的想像力を、私たちなりに翻訳した言葉です。

私たちが3人で進めている研究プロジェクトはみな、ひとりの語りを聴くことから始まります。
ただ、そこで終わるつもりはありません。
語りの中に折り込まれている社会の輪郭を読み取る作業──ここまでが、Tapi在野研究ネットワークが考えるインタビュー研究の射程です。

社会学的想像力は、私たちが現場で実装したい、まさにその思考の翼でもあります。

結び

社会学的想像力は、難解な学術用語ではなく、ひとりの市民が日常を見直すための感度の名前でもあります。

このコラムを起点に、次回からは、Tapi在野研究ネットワークの研究を支えている社会学のことばを、ひとつずつ取り上げていきたいと思います。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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