インタビューの要約

1. 「積極的に欲しいと思えなかった。結果として、いない」

別に子どもを持たない選択をしたっていうよりも。子どもを持つ選択をしなかったって言った方が正しいと思います。積極的に子どもが欲しいと思えなかった。で、結果として今いないっていう感じです。別に子どもをいらないっていうふうに決めたわけじゃないです。
(Aさんの言葉、note記事より)

「選択子なし」「DINKs」といった言葉は、どれも「選択」を前提にしています。けれど実際の人生の多くは、はっきりした決断ではなく、選ばなかったことの積み重ねで形になっていく。Aさんはそこを「持たない選択」ではなく「持つ選択をしなかった」と言い直しました。聞き手の吉岡さんも「ここまで綺麗に言語化をされている方は少ない」と応じています。

私はこのプロジェクトに関わりながら、「可能性」と「選択肢」は別のものだ、ということをずっと考えています。客観的には可能でも、本人の前に選択肢として立ち上がってこないものがある。Aさんの場合、子どもは「拒否した可能性」ではなく、「選択肢として熱を持たなかったもの」だった。この違いを言い分けられる語りは貴重です。

2. 「孫の顔」への返答

男を立てる家風の中で、弟でありながら長男として「それなりに大切に」育てられたAさん。お父様からは、きつい言い方で孫を催促されたことがあったそうです。

孫の顔が見れないうちらの立場にもなってみろみたいなこと言われたので。こっちとしては、いや、そういうふうに育てる、育ててこなかったのがいけないんじゃない?って言い返しました。

それ以来、お父様は結婚と孫の話をしなくなったといいます。家の期待を一言で断ち切った場面ですが、Aさんの語り口はここでも淡々としていて、恨みの色がほとんどありません。査定の言葉に査定の言葉で返した、という感じの、乾いた強さがあります。

3. 二回り上の、子どものいないライダーたち

最初の会社にいた頃は、「結婚したら多分子どもも生まれるんだろうなあ」と漠然と思い描いていたそうです。変化のきっかけは、ツーリングという趣味でした。

自分より二回りも三回りも年上の方と一緒に話す機会が増えて、結構皆さん趣味を楽しまれていて、でお子さんを持ってない人とかもいて、そういう人の話をま聞くうちに、ま、子どもって別に持たなくてもいいのかなっていう。

人は「ありうる人生」を、出会った人からしか想像できません。社会学ではこれを準拠集団の問題として扱います。家と会社しか集団を持たなければ、家と会社の人生モデルしか見えない。趣味の集団は、別の年齢の、別の生き方をしている人と出会う数少ない回路です。Aさんの「持つ選択をしなかった」の背景には、この選択肢の在庫の増加があったように読めます。

4. 「余白」を残すという社会観

インタビューの終盤、社会に望む変化を聞かれたAさんの答えは、子どもの話から離れて、働くことの話になりました。テクノロジーが進むほど、求められる仕事の難易度が上がり、人は生きづらくなるのではないか、という危惧です。

誰でもできる作業っていうのはちゃんと余白として社会に残しておかないと、そこであぶれちゃう人が結局社会にあぶれちゃうみたいにならないのかなあっていう危惧は感じてます。

拓銀と山一の破綻を学生時代に見て、同期のリストラを入社3年目で見て、「明日会社が倒産しても自立して生きていけるように」という構えを固めてきた人が、社会の側には「余白を残せ」と言う。自分には自立を課し、社会には緩さを求める。この非対称は矛盾ではなく、厳しさを知っている人の優しさなのだと思います。

Aさん、お忙しい中、率直に話してくださってありがとうございました。移住先の畑の話も、またどこかで聞かせてください。

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note · 無名人インタビュー Aさん|子どもを持つ理由・持たない理由インタビュー

このコラムについて

Aさんへのインタビュー(2026年07月02日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。

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【編集・制作:qbc / 無名人インタビュー】

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