はじめに
ベテランの大工さんが見せる、目分量だけで木材をぴたりと合わせる技。 寿司職人の、ネタとシャリのバランスを瞬時に判断する手。 ベテラン看護師が、患者の表情から異変に気づく感覚。
こうした技を、私たちは「熟練の技」「職人技」と呼びます。 社会学・労働社会学のことばで言うと、これらは熟練労働(skilled labor)の典型例です。
「熟練」とは何か、それがなぜ社会のなかで重要なのか。 今回はこの概念を整理しておきましょう。
1. 熟練労働とは何か
熟練労働は、ひとことでいえば、
一定の訓練や教育を受けることによって、高度で複雑な作業を行うことのできる労働。
を指します(吉岡のノートより)。
これに対比されるのが、不熟練労働(unskilled labor)。 特別な訓練や教育を必要としない、誰でもできる単純な作業を指します。
歴史的に、熟練労働者は不熟練労働者に比べて、
- 訓練に時間とコストがかかる
- そのぶん、市場価値が高い
- 相対的に高賃金が支払われてきた
- 自律性と判断の余地が大きい
──といった特徴を持ってきました。
2. 道具と熟練の時代
熟練労働がもっとも典型的に発展したのは、道具を基本的な労働手段とする生産段階でした。
産業革命より前、職人たちは、
- 大工、左官、靴職人、鍛冶屋、織物職人、料理人……
──といった、それぞれの専門分野で、道具を使って物を加工していました。
道具による加工には、
- 道具の操作に熟達すること
- 経験的な知識(暗黙知)
- 長期間の訓練
──が必要でした。 そのため、熟練労働者になるには、徒弟制度(apprenticeship)が広く使われていました。 若者は親方のもとで、何年もかけて技を学び、ようやく一人前の職人として独立する。 この長い修業期間が、熟練労働の質を保証していたのです。
3. 産業革命と、熟練の変容
産業革命は、この熟練労働のあり方を、大きく変えていきます。 おおむね、3つの段階で考えることができます。
第一段階:マニュファクチュア(工場制手工業)
分業の原理を導入した初期の製造業では、ひとつの作業を細かく分割することによって、不熟練労働者にも就労の機会が生まれました。 たとえば、ピンを作るのに「線を切る人」「先端を尖らせる人」「頭をつける人」と工程を分ければ、熟練工でなくても作業を担当できる。
ですが、あくまでも手作業を中心とする分業であったため、依然として熟練労働者の役割は大きい段階でした。 道具の使い方そのものは、まだ熟練を必要としていたからです。
第二段階:工場制度の発達
機械化された工場では、労働を単純化・均質化することで、それまでの限界を打破しました。 機械が複雑な操作を肩代わりするので、人間の労働は、機械の動作に合わせるだけの単純なものに変わっていく。
その結果、
- 熟練労働者の比重は著しく低下
- 不熟練労働者や半熟練労働者が、生産の主要な担い手になる
──という大きな変化が起きました。
第三段階:ライン作業と労働の疎外
工場のライン作業は、製造物を労働者の手から完全に離してしまいました。 労働者は、機械のリズムに合わせて単純作業を繰り返すだけの存在になる。 チャールズ・チャップリンの映画『モダン・タイムス』(1936)が描いた、あのライン作業の風景です。
ここでマルクスが言う労働の疎外が、極端な形で現れます。 労働者は、自分の作っているもの全体を見ることもなく、自分の労働の意味を実感することもできない。 作る喜び、技術への誇り、製品との結びつき──これらが、剝ぎ取られていきます。
4. 現代の労働と、熟練
20世紀後半以降、製造業中心の社会は、サービス業・情報産業中心の社会へと移っていきます。 熟練の意味は、また変わってきています。
現代の熟練労働には、
- ホワイトカラー的な熟練:会計士、弁護士、医師、研究者など、高度な専門知識
- クリエイティブな熟練:デザイナー、エンジニア、編集者など、感性と判断
- 対人ケアの熟練:看護師、介護士、保育士、教師など、人と関わる繊細な技
- デジタルの熟練:プログラマー、データアナリスト、AIエンジニアなど、新しい技術領域
──といった、多様な形があります。 共通しているのは、いずれも「長期間の訓練と経験に裏付けられた、高度な判断と実践の力」だということです。
5. AIと、熟練労働の未来
近年、AIや自動化の発展のなかで、熟練労働のあり方が、再び大きく変わろうとしています。
- かつて熟練を必要とした作業の一部が、AIに代替され始めている
- 一方で、「人にしかできない判断」「人と関わる仕事」の価値が高まっている
- 新しいデジタルスキルへの熟練が、急速に求められる
19世紀の機械化が熟練労働者の比重を下げたように、21世紀のAI化も、熟練の意味を変えていきます。 ですが、それは「熟練が不要になる」ことを意味しないでしょう。 新しい種類の熟練が、これまでとは違うかたちで必要になる──そう考えるのが妥当だと、社会学的には言えそうです。
6. 熟練の「見えにくさ」
熟練労働の特徴のひとつは、その見えにくさにあります。
熟練労働者の判断は、しばしば「暗黙知」(tacit knowledge)の領域にあり、本人にもうまく説明できないことが多い。 「なぜそう判断したのか」と聞かれても、「経験でなんとなく」「身体が覚えている」としか言えない。
この見えにくさのために、熟練労働は、
- 数値化された評価では、価値が伝わりにくい
- マニュアル化が難しい
- 後継者への伝承が難しい
- 効率化を進める文脈では、過小評価されやすい
──といった課題を抱えてきました。 社会学・労働社会学が、熟練労働の見えにくさを可視化する役割を担ってきたのは、こうした背景があります。
7. インタビュー研究と、熟練労働
TSIR がインタビューを通して聴く語りのなかにも、熟練の手応えは、しばしば登場します。
- 「長年の経験で、何かがあると気づくようになった」
- 「自分の技を、若い人にどう伝えていくかが課題」
- 「マニュアル化されると、大事な部分が抜け落ちる」
- 「年を取って、ようやく見えるようになったことがある」
これらの語りは、熟練労働の核心──長期間にわたって身体と感覚に染み込んだ知恵──を、生身のことばで教えてくれます。 熟練労働の補助線を持っていると、こうした語りを、たんなる「個人の経験談」ではなく、社会のなかで蓄積されてきた知の系譜として読み直すことができます。
結び
熟練労働は、近代以降、機械化・自動化のなかで縮小し続けてきました。 ですが、それでも消えてはいません。 形を変えて、いまも私たちの社会のあちこちで、熟練の技は静かに息づいています。
「効率化」と「熟練」をどうバランスさせるか。 そして、長期間の修業を支える社会のあり方を、どう維持していくか──。 これは、AI時代の労働社会学にとって、もっとも切実な問いのひとつです。
参考資料
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「熟練労働」
- 関連:合法的支配(#69)、社会組織(#88)、理性なき合理性(#87)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】