はじめに
科学が発達し、官僚制が整い、経済が市場で動く近代社会。 かつての宗教的・呪術的な世界観は、近代化のなかで姿を消していくはずだった──。 これは、マックス・ウェーバーが脱魔術化(Entzauberung)として描いた近代の物語でした。
ところが、20世紀後半から21世紀にかけて、私たちは別の風景を目の当たりにしています。 宗教原理主義の台頭、ポピュリズムの広がり、陰謀論の拡散、SNS上のスピリチュアル消費の増加──。 合理化の進んだ近代の内側で、なぜか非合理が再び勢いを得ている。
この現象を社会学のことばで捉えるのが、今回取り上げる再魔術化(re-enchantment)です。
1. 再魔術化とは何か
再魔術化は、ひとことでいえば、
社会のあらゆる側面で合理化が進んだ近代に対して、20世紀後半以降、逆に非合理的な支配や社会現象が登場してきた、とする考え方。
を指します(吉岡のノートより)。
ウェーバーは、近代を脱魔術化として描きました。 科学的世界観の浸透、官僚制の合理性、宗教的呪術の後退──。 このプロセスが、ある程度進んだあとで、その揺り戻しとして非合理が再び立ち上がってくる。 この揺り戻しが、再魔術化です。
2. 具体的な事例
再魔術化として整理される現象には、たとえば次のようなものがあります。
ひとつ目は、宗教的原理主義の台頭。 キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教──各宗教内部での原理主義的な動きが、近代化が一段落した地域で再び強まる現象です。 中東での原理主義の高まり、アメリカの福音派の政治的影響力、インドのヒンドゥー・ナショナリズム──いずれも、近代化の進展と並行して起きてきました。
ふたつ目は、テレビの伝道活動と新興宗教。 20世紀後半のアメリカでは、テレビを通じた伝道活動(テレヴァンジェリズム)が大きな影響力を持ちました。 日本でも、20世紀後半に多くの新興宗教が立ち上がり、メディアと結びつきながら広がっていきました。
三つ目は、ポピュリズム政治。 合理的な議論よりも、感情的な共鳴・カリスマ的指導者・敵味方の物語が政治を動かす場面が増えています。 これも、合理化された政治への揺り戻しとして読めます。
四つ目は、陰謀論・反ワクチン・スピリチュアリズム。 近年のコロナ禍では、反ワクチン、QAnonのような陰謀論、SNS上のスピリチュアル消費の広がりが見られました。 これらも、再魔術化の文脈で論じることができます。
3. なぜ「再」なのか
再魔術化が興味深いのは、それが「脱魔術化のあとに起きている」という点です。
伝統社会の魔術的世界観に、人が留まっているわけではありません。 科学・市場・官僚制という近代の構造をいったん通過したあとで、その内部から非合理が立ち上がってきている。 これは、単純な「退行」ではなく、近代の構造に組み込まれた何かが、独特の形で噴き出している現象です。
つまり、再魔術化を理解するためには、
- 近代化が何を満たし、何を満たし損ねたのか
- 合理化された社会のなかで、人は何を失ったのか
- グローバル化が、各地の伝統や共同体にどんなストレスを与えたか
──といった問いを、セットで考える必要があります。
4. グローバル化の揺り戻しとして
再魔術化のひとつの読み方は、グローバル化の揺り戻しです。
20世紀末以降、世界は急速に経済的・文化的にグローバル化しました。 ですが、この変化は均一には進まず、各地で
- 伝統的価値の動揺
- 経済格差の拡大
- アイデンティティ不安
- 共同体の弱体化
──を引き起こしました。
その不安に対して、人は「強い物語」「絶対的な信念」「明快な敵味方」を求めるようになる。 ここに、原理主義・ポピュリズム・陰謀論が栄える土壌が生まれてきます。
5. 「合理性 vs 非合理性」の単純対立を超えて
再魔術化を語るときに、注意したいことがあります。 「合理性こそ進歩で、非合理性は退行」という単純な対立で議論を終わらせないことです。
ウェーバー自身、合理化の徹底が鉄の檻(stahlhartes Gehäuse)を生むことを警告していました。 すべてが計算・管理されつくす近代は、人間の精神を疲弊させる。 だから、人々が非合理的なものに惹かれていくのには、それなりの理由がある。
近代の側に問題はないか、合理化が見落としてきたものは何か──。 こうした問いをセットにすることで、再魔術化の議論はようやく社会学的に深まります。
6. インタビュー研究と、再魔術化
TNN がインタビューを通して聴く語りのなかにも、再魔術化的な瞬間は、ときどき顔を出します。
- 「合理的に考えれば違うんだけど、なぜかそっちに惹かれた」
- 「医学的な説明だけでは納得できなくて、ある宗教に救いを求めた」
- 「SNSで見た占いに、心が動いてしまった」
- 「陰謀論にハマっていく友人を、止めることができなかった」
これらの語りを「非科学的」「不合理」と切り捨てるのは、社会学的にはもったいない。 そうした選択や経験の背後に、どんな不安や穴があるのか、どんな社会的な状況があるのか──。 そこを聴くことができれば、再魔術化はたんなる「他人事」ではなく、私たちの社会の重要な手応えとして立ち上がってきます。
結び
近代社会は、合理性の徹底によって脱魔術化を成し遂げてきました。 ですが、その合理性の内側で、別の形の非合理性が立ち上がっている。 これが、再魔術化が指し示す、現代社会の独特の風景です。
合理性を礼賛するだけでも、非合理性を糾弾するだけでも、現代は理解できません。 そのあいだの揺らぎを丁寧に見つめることが、社会学にとってのひとつの課題だと思います。
参考資料
- マックス・ウェーバーの脱魔術化論
- 20世紀後半の宗教社会学・ポピュリズム研究の蓄積
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「再魔術化」
- 関連:理念と利害(#46)、価値自由(#30)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】