はじめに
ふたりの会話を、紙に書き起こしてみると、ふしぎなことに気づきます。 「うん」「えーと」「あー」「そうそう」──。 意味のない相槌や、間や、繰り返しが、ぎっしり詰まっている。
そして、そのなかで人々は、奇妙なほど精密に順番に話している。 誰も合図をしていないのに、ほとんど噛み合わせをミスしない。
この、当たり前すぎて誰も問わない「日常会話の秩序」を、社会学の研究対象にしたのが、今回取り上げる会話分析(conversation analysis)です。
1. 会話分析とは何か
会話分析は、ひとことでいえば、
日常会話を対象として、そこで形成される相互行為の秩序形成を、詳細に分析しようとする研究領域。
を指します(吉岡のノートより)。
#08 で取り上げたエスノメソドロジー(ハロルド・ガーフィンケル)の一研究領域として、1960〜1970年代に発展しました。 ガーフィンケルに招かれたハーヴェイ・サックス(Harvey Sacks)と、その仲間であるエマニュエル・シェグロフ(Emanuel A. Schegloff)が、その中心人物です。
2. サックスと「自殺防止センター」のテープ
会話分析の誕生には、興味深いエピソードがあります。
サックスは1963年、ガーフィンケルに招かれて、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)社会学部の助手と、ロサンゼルス自殺防止センターの研究員を兼任しました。 そして、自殺防止センターへの電話会話の録音テープをデータとして手にすることで、本格的な会話研究を始めます。
このテープがなければ、会話分析は生まれなかったかもしれません。 それまでの社会学では、会話は「素材」にすぎず、内容を要約して使うのが普通でした。 ですが、テープを丁寧に書き起こしてみると、内容ではなく、会話の進み方そのものにこそ秩序が宿っていることが見えてきた。 ここに、会話分析の出発点があります。
3. 何を分析するのか
会話分析は、日常の会話やその状況をそのまま録音・録画し、楽譜のようなトランスクリプト(書き起こし)として細かく文章化・記号化します。 そのうえで、
- 会話の継続的な連なりの状況:誰がいつ話し始めるか、どう順番を譲るか
- 組織化:質問と応答、招待と受諾、依頼と承諾といった、対の構造
- カテゴリーの使われ方:「お母さん」「先生」「友達」など、人をどう呼ぶか
──これらを、ミクロな単位で分析していきます。
トランスクリプトには、たとえば「えーと」「あー」「うん」「あの」のような相槌や、沈黙の長さ(秒単位)、声の上がり下がり、息の吸い込みまで、徹底的に書き留めます。 これらの「ふつう要約されてしまう部分」にこそ、会話の秩序が宿っている、と会話分析は考えるのです。
4. 会話分析の主要トピック
会話分析の研究は、いくつかの定番テーマを生み出してきました。
ひとつ目は、順番取りシステム(turn-taking system)。 私たちは、どうやって会話の順番を取り合っているのか。 サックスとシェグロフは、この極めて精密なシステムを、1974年の有名な論文で整理しました。
ふたつ目は、隣接ペア(adjacency pairs)。 質問には応答、招待には受諾/断り、挨拶には挨拶。 こうした二発の組がペアで成り立つ仕組みです。
三つ目は、修復(repair)。 会話のなかで誤解や言い直しが起きたとき、私たちはどうやってそれを直しているか。 ここにも、驚くほど秩序立った仕組みがあります。
これらの分析は、社会学だけでなく、言語学、認知科学、人工知能、コミュニケーション研究などとも交流しながら発展してきました。
5. 会話分析と、インタビュー研究
会話分析の精度は、TNN のインタビュー研究にも、間接的に大きな示唆をくれます。
TNN のインタビューは、会話分析が想定する日常会話ではなく、意図的に設計された場の会話です。 ですが、
- インタビュアーが、どう問いを発しているか
- 語り手が、いつ・どんな前置きで話し始めているか
- 沈黙が、どんな意味で挿入されているか
- 質問と答えのあいだの「間」が、何を物語っているか
──こうした要素は、内容を要約してしまうと取りこぼされる、語りの大事な情報です。 会話分析の精神を踏まえれば、インタビューの記録もまた、表面的な「発言の要約」だけでなく、もう少しだけ細かい層を見るようにできます。
6. インタビュー研究と、会話の手触り
TNN が大切にしているのは、語り手の言葉そのものを、できるだけ歪めずに残すことです。
- ためらい、言い直し、自己訂正
- 笑い、沈黙、ため息
- 「うーん」「えーっと」「いや、その」
これらは、文字にしてしまうと消えてしまいがちですが、語り手の経験の手触りが宿っている部分でもあります。 会話分析の伝統がなければ、私たちは「会話の表面」だけで研究を進めてしまうかもしれません。
ガーフィンケルが見つけた「日常の秩序」を、サックスたちが「日常の会話」へと適用した──この伝統は、いまでもインタビュー研究の隅々に流れています。
結び
会話分析は、ふだん意識しない「順番に話す」「相槌を打つ」「言い直す」といった、ごく小さな振る舞いを、社会の秩序として読み直す研究です。
「会話なんて、自然にやっているもの」──そう思っているうちは、何も見えてきません。 丁寧に書き起こして、何度も聴き直してみると、そこに、信じがたいほど精密な秩序が立ち上がってくる。 これが、会話分析の発見です。
TSIR がインタビューでひとりの語りを聴くとき、その語りの手触りまで丁寧にすくい上げたいと思うのは、こうした伝統にも支えられています。
参考資料
- ハーヴェイ・サックス、エマニュエル・シェグロフ、ゲイル・ジェファーソン共同研究
- ハロルド・ガーフィンケル『エスノメソドロジー研究』
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「会話分析」
- 関連:エスノメソドロジー(#08)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】