はじめに

「日常生活って、なぜ、こんなにスムーズに進むんだろう」と考えたことはありませんか。

朝、挨拶を交わす。お店に入って店員と短いやり取りをする。電車で並んで待つ。会議で発言の順番を察する──。 誰もこれらを意識的に学んだわけではないのに、私たちは日々それを「あたりまえに」こなしています。

このあたりまえを、社会の成員自身がどんな方法で作り上げているかを可視化しようとした社会学があります。 それが、今回取り上げるエスノメソドロジー(ethnomethodology)です。

1. エスノメソドロジーとは何か

エスノメソドロジーは、ひとことでいえば、

人々の日常生活における活動を、有意味で理解可能なものとするために、社会の成員(=エスノ)が用いている方法論(=メソドロジー)を指す言葉。およびそのような日常生活の方法論を対象とする研究アプローチの名称。

を指します(吉岡のノートより)。

アメリカの社会学者ハロルド・ガーフィンケルが、1967年の著作『エスノメソドロジー研究』で提唱しました。

語の作りに少し説明を足すと、

という意味合いです。

2. ガーフィンケルが可視化したかったこと

1960年代、ガーフィンケルが取り組んだのは、

社会の成員によって自明視されている、常識的知識を可視化する

ことでした。

私たちは日々、たくさんの「言わなくてもわかること」「察すること」のうえに、行動を組み立てています。 そして、そういう知識は、自明視されているがゆえに、ふだんは見えません

それをどうやって可視化するか。ガーフィンケルが用いたのが、違背実験(breaching experiment)と呼ばれる手法でした。

たとえば、

このような「あたりまえの破り方」をすることで、相手や自分のなかで何が起きるかを観察する。 すると、ふだんは見えない「常識的知識」の輪郭が、ふっと浮かび上がる、というやり方です。

3. 会話分析への展開

エスノメソドロジーの実践的な展開のひとつが、会話分析(conversation analysis)です。

サックスシェグロフらによって確立された会話分析は、会話の細かな順番取りや沈黙、相槌、訂正などを精緻に分析することで、人々が会話を成立させるためにどんな方法を使っているかを明らかにしてきました。 これは、社会学だけでなく言語学・心理学など、さまざまな領域に影響を与えています。

4. 現象学的社会学との違い

エスノメソドロジーは、#04 で取り上げた現象学的社会学と関係があります。 どちらも「あたりまえ」をどう成立させているかを問う点では共通しています。

しかし、伝統的な社会学(パーソンズに代表される構造機能主義など)が、科学的な概念を用いて社会の成員の活動を再解釈して、二次的に秩序を見出すのに対して、 エスノメソドロジーは、成員たち自身がどのように日常生活において秩序を作り上げ、維持しているのかを、彼ら自身の活動に即して内在的に解明しようとする点に特徴があります。

「外側から社会を再解釈する」のではなく、「内側で秩序が作られていく現場そのものを見る」というスタンスです。

5. Tapi在野研究ネットワークと、エスノメソドロジー的な聴き方

Tapi在野研究ネットワークのインタビューは、もちろん違背実験ではありません。 ですが、エスノメソドロジー的な感度は、インタビューの聴き方にも生きてきます。

たとえば「子どもを持つことについて、子どものころから漠然と当たり前だと思っていた」と語る方がいたとします。 ここで聴き手としての私は、「当たり前」という言葉を、当たり前のまま通り過ぎません。 「その当たり前は、どこから、どう作られてきたんですか?」と、もう一歩問い直す。

それは、語り手と聴き手のあいだで、自明視されているものを可視化する作業です。 インタビュー研究は、規模としては小さくても、こういう作業の積み重ねでもあります。

結び

エスノメソドロジーは、社会学のなかでも独特の存在感をもつアプローチです。 社会の大きな構造を語るのではなく、ひとりの日常がどう成立しているかに光を当てる。

Tapi在野研究ネットワークが「ひとりの語りを丁寧に聴く」と言うとき、その背景には、こういう社会学の系譜もまた、影響しています。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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