はじめに

新しい仕事の話、転居先の情報、面白い本との出会い、人生を変える出会い──。 これらは、家族や親友からもたらされたものでしょうか。 それとも、「ちょっとした知り合い」や「友達の友達」からだったでしょうか。

意外なことに、後者からの場合がとても多い。 この事実を、社会学のことばで描いたのが、アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)でした。 今回取り上げる弱い紐帯(weak ties)です。

1. 弱い紐帯とは何か

グラノヴェッターは1973年、有名な論文「弱い紐帯の強さ」(The Strength of Weak Ties)を発表しました。 そこで彼は、人間関係を強い紐帯弱い紐帯に分けて整理しました。

そして、彼の主張はこうです。

価値ある情報の伝達やイノベーションの伝播においては、強い紐帯よりも、弱い紐帯のほうが重要である。

これが「弱い紐帯の強さ」というパラドキシカルな命題です。

2. なぜ「弱い」ほうが強いのか

直観的には、強い紐帯のほうが頼りになりそうに思えます。 家族や親友のほうが、自分のために動いてくれるはずだ、と。

ところが、グラノヴェッターは指摘します。 強い紐帯どうしは、同じような情報を共有していることが多い。 家族や同じ職場の人と話していても、自分が知らない情報に出会う確率は意外に低い。

一方、弱い紐帯は、自分とは違う世界に住んでいることが多い。 だからこそ、新しい情報をもたらしてくれる確率が高い

グラノヴェッターはハーバード大学博士課程在籍中の1970年、ボストン近郊のホワイトカラー労働者282人を無作為に抽出し、現在の職を得た方法を調べました。 すると、よく知っている人より、どちらかといえば繋がりの薄い人から聞いた情報を元にしているケースが、多かったのです。

「あまり知らない」間柄こそが、人生に新しい流れを作る──。 これが、グラノヴェッターの発見でした。

3. SNS時代の弱い紐帯

弱い紐帯の議論は、40年以上前のものですが、SNSの時代にむしろ鮮明になってきました。

XやLinkedIn、Instagramでフォローしている数百人、数千人のうち、本当に親しいのはごく一部です。 ほとんどは、いちおう繋がっているけれど、ふだんは会わない人たち──まさに弱い紐帯です。

そして、私たちはこの弱い紐帯のネットワークを通じて、

を受け取っています。 SNSは、巨大な弱い紐帯のインフラだと見ることもできます。

ただし、注意点もあります。 SNS上では、似た志向の人がつながりやすく、結果として情報のエコーチェンバーが生まれることもある。 弱い紐帯がもたらすはずの「新しい情報」が、フィルターバブルで遮断されてしまう──これが現代の課題です。

4. 強い紐帯にも、ちゃんと役割がある

ここで強調しておきたいのは、「弱い紐帯が偉い、強い紐帯はもうダメ」という話ではないことです。

人生のなかで、力が必要な場面と、情報が必要な場面がある。 そのそれぞれに、ふさわしい関係性の質がある、という整理です。

家族や親友がいないと心が枯れる。 弱い紐帯がないと世界が狭まる。 このふたつをバランスよく持てるかどうかが、現代の人生の課題のひとつかもしれません。

5. インタビュー研究と、弱い紐帯

Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聴く語りのなかにも、弱い紐帯が人生の節目に登場する瞬間がそこそこあります。

これらは、強い紐帯では生まれにくい接続が、人生のレールを切り替えた瞬間です。 語り手がどんな弱い紐帯をどれくらい持っているか、その紐帯がどんな分野・地域・年代に伸びているかを観察すると、その人がどんな情報の風通しのなかで生きているかが見えてきます。

逆に、語り手の弱い紐帯がほとんどない場合──そこには、孤立や、選択肢の狭さが潜んでいることもあります。 社会的包摂/排除(#13)の議論とも、地続きのテーマです。

結び

「弱い」ほうが「強い」というのは、最初は逆説的に聞こえます。 ですが、よくよく自分の人生を振り返ってみると、思いがけない場所からやってきた情報や出会いが、人生を動かしてきたことに気づきます。

家族や親友を大切にしつつ、弱い紐帯にもアンテナを張る。 そのバランスを意識することは、社会のなかで生きていく上での、ささやかな知恵だと思います。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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