インタビューの要約
- インタビュイーは建設業で働く二児の父、ケムさん。執筆(電子書籍7冊)→ショートショート→DTM→ゲーム制作と、ジャンルを渡り歩いてきた
- 創作をやめた理由が独特。「理想的な作品には、作るより出会う方が早い」
- 自作の駅伝育成ゲームを2年運営し、「届くべき人に届いて欲しい」「もう到達した」と語る
- 仕事は仕事、創作は趣味、という線引きを意識的に守っている
- 気持ちが沈んだ夜、ChatGPTと物語を紡いで気持ちを消化した経験を語ってくれた
1. ジャンルを渡り歩く人
ケムさんの創作歴は、幼少期の創作まじりの日記と4コマ漫画に始まります。大学時代の電子書籍(箱根駅伝の考察本や勉強法の本、3年で7冊)。社会人になってからのショートショート。DTMでの作曲。そして、いまのゲーム制作。
ひとつのジャンルを掘り続けるのではなく、熱の移ろいに素直に、次へ移っていく。しかも各ジャンルで、公開するところまで必ずやり切っています。
その一方で、線引きははっきりしています。ゲームの広告収入が会社員の収入に迫る時期があっても、本格的な課金要素は入れなかった。
なんか仕事は仕事でやりたい、みたいな気持ちがあって。で、やっぱりそこの内面の気持ちがある分、創作イコール趣味というのが心のどこかにあるので、あんまりそこがこの本業の仕事を超えてくることはないのかなと思ったりしている。
(ケムさんの言葉、note記事より)
2. 「作るより、出会う方が早い」
ショートショートと音楽をやめた理由を、ケムさんはこう言葉にしています。
これ理想的だなっていう作品には(作るより)出会う方が早いって思ってしまって、自分の創作のストップに繋がったかなと思ってます。
創作をやめる理由として、あまり聞いたことのない精度の言葉でした。
挫折でも、忙しさでもありません。受け手としての目が肥えているからこそ、作るより探す方が早くなってしまう。いくらでもいい作品にアクセスできる時代の、固有の止まり方だと思います。
そしてケムさんは、この停止を嘆いていません。「自分の興味がある限り聞き漁って、もういいかなって思ったら、また作り始めよう」。在庫が切れたら工場が動く、くらいの淡々とした距離感です。
3. 「届くべき人に届いて欲しい」──完結した創作
そのケムさんが唯一「探すより作る」を選んだのが、駅伝の育成ゲームでした。好きだったゲームの更新が止まり、似た作品もない。「もう、ちょっとこれは自分が作るしかないな」。1年半かけてストアに出して、リリースから2年。いまはSNSでプレイヤーに声をかけ、スクリーンショットを送ってもらって、手作業で集計する大会まで開いています。
自分みたいに、駅伝ゲームやりたいけど世の中にないからできないんだよ、みたいな人に、世の中の10人ぐらいに届けばいいのかなみたいに思ったりしてます。
そして「もう到達したなと言いますか。理想の、届くべき人に届いて、自分にとっても今、自分のゲームが1番面白いっていう状況」と言い切ります。
賞でも、収益でも、バズでもない。世の中にないものを、必要な10人に届ける。この目標のいいところは、達成したかどうかを自分で確かめられることです。創作のゴールを自分で決めて、実際にゴールした人の語りとして、貴重な記録だと思いました。
4. ChatGPTと物語で、気持ちを消化した夜
インタビューの最後に、ケムさんが「話してなかったこと」として、自分から足してくれたエピソードがあります。
気持ちが落ち込んだ時期に、ChatGPTで心療内科のような問答を試したけれど、しっくりこなかった。そこで、架空の異世界に自分を置いて、思い浮かんだ登場人物とセリフを投げて物語にしてもらい、その続きを自分が考える。そういうやり取りを継ぎ合わせていくうちに、「なんか気持ち的に楽になった」というのです。
カウンセリングの形では届かなかったものに、物語の形なら届いた。創作が生き延びる技術になる瞬間の、2020年代半ばの形として、手を止めて読みました。
ケムさん、朝の貴重な時間に、ここまで具体的に話してくださってありがとうございました。駅伝ホープ、私も遊んでみます。
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このコラムについて
ケムさんへのインタビュー(2026年07月08日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。
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無名人インタビュー主宰 栗林康弘/qbc
