インタビューの要約
- インタビュイーは台湾と日本を行き来するフリーランスWebライター、あゆみさん
- 創作は執筆とダンス。執筆は「ブロックがはまるような感覚」、ダンスは「思い出をラッピングして残す」営み
- 書くことを仕事にした結果、創作の文章が硬く、枠からはみ出なくなったという精密な自己観察
- 帰国のたびに環境の変化に適応できず、心理的にしんどくなる経験を語る
- 趣味の執筆がポートフォリオとして仕事につながる可能性も、冷静に視野に入れている
1. 執筆とダンス、二つの創作
あゆみさんの創作は対照的な二つです。ひとつは執筆。「頭の中に散らばっているものを繋ぎ合わせて、綺麗に聞こえる言葉を使って形にする作業」で、「ブロックがはまるような感覚で気持ちが良い」。もうひとつは、台湾の友人たちとのコピーダンス。曲を決め、2ヶ月かけて練習し、衣装と場所を決めて撮影し、動画を編集してYouTubeに上げる。
動画を撮ることでその時の思い出をラッピングして残しておきたいというのが大きいです。例えば旅行で撮った写真をアルバムにしたくなることがあるじゃないですか。これと同じで、自分がやったことをまとめて綺麗に残しておきたいという感情があるのかもしれません。
(あゆみさんの言葉、note記事より)
作品を「残すための包装」と捉える感覚は、賞や評価を目指す創作観とはまったく別の系統で、このプロジェクトの語りの幅を広げてくれました。日本語の曲を台湾の友人と踊ったとき、歌詞と振りの対応を説明できず「言語の壁」を感じた、という細部も面白い観察です。
2. 書く仕事が、書く創作を硬くする
私がこのインタビューでいちばん重要だと思った箇所は、ここです。
今は仕事として商業的なルールの中で書くことがメインになって、よく使う言葉の表現が染みついてしまって。すると創作の場面でも、文章が少し硬く、枠からはみ出ないような表現になりがちです。こういう変化を感じると、昔はもっと自由に表現して書けてたのになあと思うことがあります。
しかも時系列の指摘が鋭い。ライターとしての自信がつき、「文章を書いています」と自己紹介できるようになった頃から、この窮屈さが始まったというのです。技能の獲得と自由の喪失が同じ出来事の裏表になっている。書くことを生業にした人の多くが薄々感じながら、ここまで明瞭に言語化されることの少ない交換だと思います。プロ化は無料ではない、ということの一次記録です。
3. 二つの国のあいだで
あゆみさんは、しんどさの形も独特でした。台湾と日本を行き来する生活の中で、帰国のたびに「寝起きする場所、言語、食べ物、交通手段」から「歩いている人間の顔」まで一斉に変わることに、適応できないと感じる。「日本人として生まれ育ったけど、日本に居ると違和感があるような感じがするんです」。
そして、心理的に弱っている時期には「創作活動は全然できない」とも。この点は執筆系の語り手に共通していて、松江さん(草野球)の「弱っている時こそ身体は動く」との対比が、プロジェクトとしての発見になりつつあります。
一方で、趣味の執筆を「いずれはポートフォリオのようになって、意外なところで仕事の機会にも繋がるかもしれない」と、フリーランスの生存戦略としても位置づける冷静さがある。純粋な楽しみと実利のグラデーションを、無理に切り分けずに持っている人の語りでした。あゆみさん、ありがとうございました。ZINE、作られたらぜひ読ませてください。
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このコラムについて
あゆみさんへのインタビュー(2026年05月11日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。
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【編集・制作:qbc / 無名人インタビュー】