はじめに
前回(#06)で、質的調査と量的調査の違いを整理しました。 今回は、質的調査のなかでも、特に理論の作り方に革命を起こした方法を取り上げます。
グラウンデッド・セオリー(Grounded Theory Approach)です。
1. グラウンデッド・セオリーとは何か
グラウンデッド・セオリーとは、ひとことでいえば、
データ対話型理論のこと。データに根ざした理論、およびそれを生み出す方法論。
を指します(吉岡のノートより)。
B・G・グレイザーとA・L・ストラウスが、1967年の著作『データ対話型理論の発見』で提唱しました。 「グラウンデッド」とは「地に足のついた」「データに根ざした」というニュアンスの英語です。
2. 「データから理論を作る」とはどういうことか
これだけ聞くと、何が新しいのか分かりにくいかもしれません。 当時の社会学のあり方を背景に置くと、この方法のラディカルさが見えてきます。
1960年代、アメリカの社会学は、先に理論を立てて、データでそれを検証するやり方が主流でした。 タルコット・パーソンズに代表される大理論(grand theory)を仮説として置き、量的データでそれを支えるか反証するか──というスタイルです。
グレイザーとストラウスは、この流れに異議を唱えました。 生きているデータ(語り、現場、観察)から、理論はいくらでも生まれてくる。むしろ、先に作った理論を当てはめるよりも、データに対話的に向き合って、理論をその場で立ち上げていくほうが、社会の実相に近づける、と。
3. 具体的な手順:コーディング
グラウンデッド・セオリーの実務的な特徴は、コーディングという作業にあります。
調査の過程で浮かび上がってくる項目を、研究者は「カテゴリー」として「コード化」していきます。 そしてそれらのカテゴリー間の関係を検討し、事例間の比較を通してカテゴリーの一般性を高めていく。
コーディングには3つの段階があるとされます(吉岡のノートより)。
- オープン・コーディング:データを開かれた姿勢で読み、出てきた要素を片っ端からコードにする
- 軸足コーディング:コードのなかから中心になるものを選び、その軸でデータを再整理する
- 選択的コーディング:理論の中心となるコアカテゴリーを選び、他のカテゴリーをそれに関連づける
参与観察や文献調査、インタビューによって得られた質的データを対象に、相互に比較しながら帰納的に作り上げていく──これが、グラウンデッド・セオリーの方法的核です。
4. インタビュー研究と、グラウンデッド・セオリー
Tapi在野研究ネットワークがやっているような、テーマインタビューを30人、50人、100人と重ねていくスタイルの研究は、グラウンデッド・セオリーの発想と相性がよいものです。
たとえば「子どもを持つ理由・持たない理由」のインタビューを30人ぶん集めると、語りのなかから共通するキーワードや感覚が浮かび上がってきます。
- 「自分の血を残すことへの恐れ」
- 「自分の選択を正解にしていく構え」
- 「制度上、せざるを得ないという感覚」
- 「祈りとしての育児」
──そうした言葉を、私たちは語りの束のなかから少しずつ拾い、分類していきます。 これがまさにオープン・コーディングから軸足コーディングへ進む作業です。
そしてある時点で、「子どもを持つ理由・持たない理由」を整理する軸が、ふっと見えてくる。 これが、データから理論が立ち上がる瞬間です。
5. 注意点:人をコード化することへの倫理
ただし、グラウンデッド・セオリーには気をつけたい点もあります。
人の語りを「コード」に整理していく作業は、便利な一方で、ひとりひとりの語りの厚みをコードの平面に貼り付けてしまう危うさもあります。 コードに収まらない語りこそ大事なことが多い。 データから理論を立ち上げる過程で、コードから漏れたものにも目を向け続ける姿勢が、私たち研究者には必要です。
結び
グラウンデッド・セオリーは、データに地に足をつけて、そこから理論を立ち上げていく方法です。 Tapi在野研究ネットワークのインタビュー研究は、まだ理論を組み上げる段階にはありませんが、語りを集めて読み比べる過程そのものが、グレイザーとストラウスの発想を引き継いでいるとも言えます。
ひとりの語りを、ひとりの人生として大事にしながら、複数の語りを重ねたときに何が見えるか。 これからのTapi在野研究ネットワークが取り組んでいくのは、まさにこの作業です。
参考資料
- B・G・グレイザー、A・L・ストラウス『データ対話型理論の発見』(1967)
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「グラウンデッド・セオリー」
山口大学・社会学研究室による解説資料
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】