インタビューの要約

1. 「自分の遺伝子は残さない」と決めていた、20代前半

松江さんの語りで強い線として残ったのは、20代前半は明確に子どもを持たないと決めていた、という証言でした。

二十代前半の頃は、この世の中に子供を残したくないと明確に感じていました。自分の遺伝子は残さないぞって当時は思ってましたね。

当時は満員電車の通勤、人身事故の頻発、仕事の虚しさ、付き合っていた女性とその家族の鬱──。
社会の暗さと、身近な人間関係から受け取る暗さの二重で、世の中に子どもを残したくない、と感じていたそうです。

2. 「妻のために子作りをした」

その松江さんが転換したきっかけは、妻の存在でした。

妻が「私、欲しいものあるの。分かる?」と聞いてきたので、「子供でしょ?」と言って子作りを始めました。私にとっては120パーセント妻のために子供を作った、という決断でした。

最初の妊娠で流産を経験し、それでも妊娠したと知ったときの感情を、松江さんは「妻の両親に対する責務を果たした」という言葉で表現しています。
この時点ではまだ、自分の遺伝子を残す喜びというより、人のために責任を引き受けた、という感覚だったそうです。

3. 男性の産後鬱と、「妻のメス化問題」

息子が生まれたあと、松江さんは男性の産後鬱のような状態になった、と語っています。

家庭の中に他人が一人増えたストレスがすごくて、子供の泣き声がノイローゼになるくらい辛かったです。妻も、産んだ途端に人格が変わったというか、急にメスになったなと感じました。

女性のメス化問題というのは男性側からするとあるんです、と松江さんは語る。
一対一の人間関係であった妻が、子の誕生を境に変容して見えたこと。それを「そういった男性の意見も世の中に知っていただきたい」とインタビューを受けたモチベーションにしています。

男性側の産前産後の心理は、女性側ほど語られる機会が少ない領域です。父親の心理的・身体的な経験を記録するという点でも、貴重な証言だったと、編集者の私は思います。

4. 「自分の体から生み出せない寂しさ」

後半、松江さんは男性ならではの寂しさを語ってくれました。

自分の体から子供を産み出せない、体そのものから創造物を産むことが最初から不可能であるという寂しさは、男の人は無意識に持っていると思います。

10代の頃に年上の男の人たちを見て「寂しそうだな」と感じていた、その正体が年を取って自分にもわかってきた、という。
男性が抱える「身体性に関する寂しさ」を、これだけ言語化した証言は珍しいと思いました。

5. 編集として、最後に

松江さんは、生殖技術や出生前診断、社会のありかたについて、自分の意見をはっきり言葉にする方です。賛同しないと感じる読者もきっといるでしょう。
でも、迷いなく自分の言葉で語る人の声は、それだけでひとつの記録として価値があると、媒体の人間として思います。

松江さんの最後の言葉は、印象に残るものでした。

苦しくても社会や人のせいにせず、自分の中にこそ真の問題があるという認識をすることから始めないと、どこにも進めないと思います。

20代前半の自分を「目を醒ませと殴ってやりたいくらい」と振り返る松江さんが、いま受け取っている言葉です。

松江さん、お話を聴かせてくださって、ありがとうございました。

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note · 無名人インタビュー 松江さん|子どもを持つ理由・持たない理由インタビュー

このコラムについて

松江さんへのインタビュー(2026年3月29日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。

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【編集・制作:qbc / 無名人インタビュー】

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