インタビューの要約
- インタビュイーは40代の松江さん。妻と2歳の息子と暮らす。現在は無職、妻が会社員
- 20代前半は「自分の遺伝子は残さない」と決めていた。妻のために子作りをし、男児を授かった
- 男性の産後鬱を経験。「妻のメス化問題」という言葉で、夫婦間の変容を語る
- 男性は自分の体から生み出せない寂しさを、年を重ねるほど自覚するようになる、と
- 息子を授かったいまは、「持たない選択をしていたら必ず後悔していた」と確信している
1. 「自分の遺伝子は残さない」と決めていた、20代前半
松江さんの語りで強い線として残ったのは、20代前半は、はっきり子どもを持たないと決めていた、という証言でした。
二十代前半の頃は、この世の中に子供を残したくないと明確に感じていました。自分の遺伝子は残さないぞって当時は思ってましたね。
当時は、満員電車の通勤。人身事故の頻発。仕事の虚しさ。付き合っていた女性とそのご家族の鬱。
社会の暗さと、身近な人間関係から受け取る暗さ。その二重で、世の中に子どもを残したくない、と感じていたそうです。
2. 「妻のために子作りをした」
その松江さんが変わったきっかけは、奥様の存在でした。
妻が「私、欲しいものあるの。分かる?」と聞いてきたので、「子供でしょ?」と言って子作りを始めました。私にとっては120パーセント妻のために子供を作った、という決断でした。
最初の妊娠で流産を経験して、それでも妊娠したと知ったときの気持ちを、松江さんは「妻の両親に対する責務を果たした」という言葉で表しています。
この時点ではまだ、自分の遺伝子を残す喜びというより、人のために責任を引き受けた、という感覚だったそうです。
3. 男性の産後鬱と、「妻のメス化問題」
息子さんが生まれたあと、松江さんは、男性の産後鬱のような状態になった、と語っています。
家庭の中に他人が一人増えたストレスがすごくて、子供の泣き声がノイローゼになるくらい辛かったです。妻も、産んだ途端に人格が変わったというか、急にメスになったなと感じました。
女性のメス化問題というのは男性側からするとあるんです、と松江さんは言います。一対一の人間だった妻が、子の誕生を境に、変わって見えたこと。それを「そういった男性の意見も世の中に知っていただきたい」と、このインタビューを受けた動機にしています。
男性側の産前産後の心は、女性側ほど語られる機会がありません。父親の側の経験が言葉で残った、という点でも、貴重な証言だったと思います。
4. 「自分の体から生み出せない寂しさ」
後半、松江さんは、男性ならではの寂しさを語ってくれました。
自分の体から子供を産み出せない、体そのものから創造物を産むことが最初から不可能であるという寂しさは、男の人は無意識に持っていると思います。
10代の頃、年上の男の人たちを見て「寂しそうだな」と感じていた。その正体が、年を取って、自分にもわかってきたのだそうです。
男性が抱えるこの寂しさを、ここまで言葉にした証言は、めずらしいと思いました。
5. 編集として、最後に
松江さんは、生殖技術や出生前診断、社会のありかたについて、自分の意見をはっきり言う方です。賛同しない読者も、きっといるでしょう。
でも、迷いなく自分の言葉で語る人の声は、それだけでひとつの記録として値打ちがあると、媒体の人間として思います。
松江さんの最後の言葉は、印象に残るものでした。
苦しくても社会や人のせいにせず、自分の中にこそ真の問題があるという認識をすることから始めないと、どこにも進めないと思います。
20代前半の自分を「目を醒ませと殴ってやりたいくらい」と振り返る松江さんが、いま受け取っている言葉です。
松江さん、お話を聴かせてくださって、ありがとうございました。
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このコラムについて
松江さんへのインタビュー(2026年3月29日公開/聞き手:吉岡詩織)を、編集・制作を担当した私(栗林/qbc)が読み返して書いたコラムです。「無名人インタビュー」を6年やってきた人間として、編集の側で読んで何が残ったかを書きました。
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無名人インタビュー主宰 栗林康弘/qbc
