月に一度、オンラインで一時間、話を聞いている人がいます。
たいていは夜です。向こうはビデオを切っていて、子どもを抱っこしながら話していることもあります。在野研究の相談を受けているはずなのですが、最近の話題は取り留めがなく、たまに話す友人同士の雑談のようです。
その人が先日、自分の8年間をこう言いました。
もはや実験ですよね。私は自分の人生を使って実験してます。
セックスレスを放置して、そのうえでポリアモリー的なことをパートナー(現夫)に打診し、自分に許してみたら、もっと合う人に出会ってしまった。何が起きるか自分でもわからないまま進んで、こうなった、とのこと。
オンラインで話を聞いている人は、tapiさんです。野良の研究者で、会社員で、一児の母。「子どもを持つ理由・持たない理由」というテーマで、何十人もの人にインタビューをしてきました。いまは「仕事・育児をしながら創作をする理由」という次のテーマでも動き始めています。
シラフでいすぎる
tapiさんとパートナーとの生活は、付き合って半年ほどでセックスがなくなったそうです。それから8年ほど経っています。事実婚を検討し、結局法律婚をし、子どもができました。今は、共働きで完全に分担して家事育児をしています。
tapiさんはセックスレスを、性的な満足の問題としては説明しませんでした。自身のコンディションの問題として説明しました。
いわく、パートナーとの性的なことがない状態が続くと、常にシラフになってしまう。シラフだと、イライラや鬱々とした気持ちを「ごまかせない」。自分は昔から、いま自分がきつい言葉を使ったのはホルモンバランスのせいだな、風邪をひいているせいだな、寝不足のせいだな、この前の失敗を引きずっているせいだな、試験が近いせいだな、などと、一歩引いて見る癖がありました。そうやって動物的なものや、その時々のコンディション的なものが、他人への態度に波及するのが嫌だった。そして何より、時と場合によって態度が変わり、ご機嫌でいられない自分を自分が許せない。
だから、健康上のリスクを知りながらピルを飲み、いまはミレーナを入れて、体調管理のために湯船につかり、散歩や苦手な運動もたまにして、メラトニングミや眠剤にも時々頼って、身体をコントロールしているそうです。ほかにも、部屋が散らかっているとか、連絡を返していないだとか、そういう不安定さにつながる外的な要因は全部潰したい。定期的なセックスも、その一つとして入れておきたい。
常にご機嫌で、いつ誰に対しても態度を変えず、深く真っ当に思考し、他人や自分を好きでいるために、セックスをしたい。
「や、なんか一連の自分の発言、文字に起こすとすごい色欲魔みたいかも...」
「えっと、手っ取り早く、薬にもアルコールにも頼らず、健康的にドパミンやセロトニンを出したい...!」
tapiさんはそう言ってました。
(ちなみに、もちろん性欲もたぶん平均よりある気はする、というか30代が近づいてきて高まりがやばい、これがメスの生殖本能か... 情けない...とも、いろいろ小声で言ってました)
かくいう私も、同じようなことを思います。していないと、相手に対する憎しみが最大になる。していれば、机の角に小指をぶつけたようなことも、2人のあいだに起きたことも、全部流せる。流せないと、この人はなんなんだ、という気持ちになっていく。
妊活は独り相撲?
子どもをつくるときのことも、tapiさんは話しました。
子どもは夫の希望でした。排卵日を測って、いわゆる「タイミング法」を3ヶ月ほど試してもできず、それなら1日か2日に1回のペースでやれば、20代なら高い確率で妊娠すると、健康診断で婦人科の医師にアドバイスをもらいました。でも相手は会社員で、デスクワークで疲れていて、頭痛持ちで、身体の節々が痛い。そういう状態では勃たない。だから映像を見せて、自分が主導して、という形にするしかなかった。
お恥ずかしながら、独り相撲みたいでしたよ〜。tapiさんはそう言いました。2年近く経って、ようやく笑いながら人に話せるようになったそうです。
やらないとなったときに、食い下がったり、相手に負担をかけたり、自分が不機嫌になったりするのも嫌でした。tapiさんのポリシーに反するそうです。だから、妊活以外は、暗黙の了解のような形で、外で相手を見つけるようになりました。21歳で付き合い始めてから8年、浮気をしていなかった時期がない、と本人は頭を抱えます。
これを聞いて、責める気持ちにはなりませんでした。むしろ、この8年は放置ではなく、観察だったのだと思いました。レスの状態に対して、感情的に不満をぶつける時期を過ぎ、自分なりの筋を通して、合理的な解決策を実行して、そのまま突き進んだらどうなるのか。(2024年にドラマ化された渡辺ペコさんの漫画『1122』を彷彿とさせます。)
「仲がいいけど、さようなら」
tapiさんは、いま離婚に向けて動いています。離婚届はもう書いていて、証人欄をあと一人埋めるところです。離婚を申し出たとき、夫は数か月ひどく落ち込んだ様子で、精神的にも荒れていました。しかし、いまは落ち着いていて、むしろとても過ごしやすくなったそうです。tapiさんは夫を、弱いようでとても強くて尊敬できる人だ、と言います。自分が学校や職場などのコミュニティで、普通に・順当に出会える人の中で、幸いにもいちばんベストな人と出会い、結婚して子どもを作った、とも。
夫は農業をやりたいそうです。ただ、tapiさんの見立てでは、農業がやりたいというより、デスクワーク、本人曰く「ブルシットジョブ」を離れたいのだと思う、とのことです。パソコンを使う知的労働から離れたい。離れたあとの選択肢として、自然に触れる仕事がしっくりきている。
保育園の区切りに合わせて、夫は地方に移り、彼女は子どもと都市に残る計画です。
tapiさんは、夫へのインタビュー記事をすでに公開しています。
「ここですら生きていけないなら、どこで生きていけるんだろう」──ある夜の対話・前編(note)
それを読んだある友人から、こう言われたそうです。すごくうまくいっている、穏やかな夫婦に見えていた。知っている夫婦の中で一番仲がいいと思っていた。なぜ別れるのかまったくわからなかった。でもこれを読むと、モラハラともDVとも仲違いとも一言では言えないけれど、別れなければならない必然性があるんだとわかった。
婚姻という契約を維持したまま好き勝手に生きている人は、いくらでもいます。彼氏彼女がいる人もいるし、いなくても別のことに夢中な人もいる。それに比べたら、きちんと離婚しましょうというのは紳士的だと思います。真剣に考えているから別れるのであって、考えていなければ別れません。
このようなことを伝えたら、tapiさんは、その言葉すごい救われるし報われます、これは自分のわがまま?という問いとずっと向き合ってたので!「思想離婚」流行らせたいんだよな〜、と笑いました。
相手は、だいたいTinderで見つける
いまの恋人と知り合ったのは、去年の12月で、Tinder経由でした。
レスで目的は割り切ったものです、という形で事前にメッセージをしていました。最初の2回くらいは、お互い(少なくともtapiさんは)性的な目的のみで割り切って会っていたそうです。そのうちどちらともなく、話題や関係性の雰囲気、空気みたいなものが変わってきました。
tapiさんは、その人と会うペースの話をしたときのことを覚えていました。自分は仲のいい友達と数か月に1回くらいのペースで会うので、我々もそのくらいの頻度でどうですか、と聞いたら、はい、tapiさんの希望に全て合わせます、と言われました。ホテルを出て、駅に向かって歩いていると、さっきは本音を言ってませんでした、正直もっと会いたいです、1ヶ月に1回でも、毎週でも、と訂正されたそうです。そういうことを訂正して伝えられる人がかっこいい、と思い、グラグラしました。
相手は、ずっと死を意識していたそうです。家庭環境や、元々の性格もあるかもしれませんが、人生を否定してきた期間の方が長いそうです。あまり深く聞いてないですが、身近に若くして亡くなった人がいるのかも、とも。だから、明日には、ひょっとしたら今晩には、自分も大切な人も死んでいるかもしれないので、とりあえず直感的に言ったほうが良いことは、その日のうちに言うんだ、というポリシーでした。
性についてもストイックで、ダメ出しをどんどんしてほしいそうです。今までそういうことを言うと、相手のプライドを傷つけて、空気が悪くなり、関係が良くなった試しがないので、話すことすらできませんでした。これからずっとやりたい人との行為は、良くしてなんぼでしょ、と思っているtapiさんは、価値観が合致する男性と初めて出会いました。ヴィーガンの仕事仲間がいること、動物や戦争のドキュメンタリーを真剣に観る人だということも、tapiさんには新鮮でした。
お盆に、なんと家族と恋人が同じ場所に集まる機会がありました。tapiさんと夫と恋人が3人でベンチに並んで座っていたら、息子が一人ずつ手を引いて、芝生のほうへ連れて行って順番に追いかけっこをしたそうです。夫にも恋人にも、同じようにやりました。
毎日顔を合わせて世話をしているかどうかは、この子には関係ないのか!世界への信頼がなんて厚い子なんだろう!とtapiさんは思いました。子どもの性格に救われているところは大いにあるとのことです。
「こんなにうまくいっていいのか... あとですごいしっぺ返しがあるんじゃないでしょうか、ロマンス詐欺ですか、それとも関係が拗れて刺されますか。びくびくしています」
と、冗談か本気かわからないテンションで言っていたのも印象的でした。
ここまでが、プロジェクトの下地です
ここからが本題です。この人が何十人にも話を聞いてきたプロジェクトは、いま書いてきたことと地続きにあります。
tapiさんはいま、かなり徹底して菜食をやっているそうです。魚介類も減らそうとしていて、たんぱく質は豆腐や高野豆腐、ひよこ豆でまかない、ビタミンB12はサプリで補う。夫の理解も得られていて、食べることや生きることに後ろめたさがない、と言います。思想と日常の実践が一致している、と。
私が、tapiさん自身が研究対象になってきてますね、と言うと、彼女はこう答えました。私はやっぱり研究者というよりアクティビスト寄りだったのかもしれない。そういう激しいキャラクターではないんですけど、と。
その日、社会運動の相談も出ました。数年前、名古屋の水族館の入口の前で、下駄を履いて浴衣のようなものを着た眼鏡の男性が、真っ昼間からひとりでターンテーブルを回し、ハウスミュージックをかけている光景を目にしたそうです。観客はいません。近づいてみたら、台に手書きの紙が貼ってあった。
シャチさん、イルカさんたちを解放しよう。お魚さんもね!
やるとしたら、ああいうのがいい。tapiさんはそう言いました。自分が通報されるかもしれないけれど、そのリスクを飲んでも、動物園や水族館やサーカスの前でやりたい、と。
同じ日に、今年のフジロックでマッシヴ・アタックが出した映像の話も出ました。企業名や政権を名指しで批判する言葉が、役所の掲示のような無愛想なゴシック体の日本語で流れている。世界の軍事費の数字が並ぶ。配信で見ていて手が止まった、とtapiさんは言っていました。もう純粋に音楽をやるだけでは、時代が許してくれないんでしょうね、とも。
それでも、街頭には立てない
ところが同じ日に、tapiさんはこうも言っています。
「純粋な運動には、たぶんのめり込めない。お肉を食べたい人の気持ちもわかる。肉食も人間の本能や文化だとも思う。澄んだ目で街頭に立ってチラシを配るには、自分は心が汚れているところがある」
運動の内側で起きるハラスメントの話も出ました。ホームレス支援の現場では女性の支援員が少ないので、それだけで妙に重宝されてしまう、という話を本で読んだそうです。私も、学生時代にフェミニズム運動に入った女性の話をしました。よし、やるぞと現場に入ってみたら、女性が男性の活動員にお茶を出していた。活動しているからといって思想があるわけではないのだ、と気づいて一気に冷めた、という話です。
tapiさんは、そういうノイズで立ち止まってしまう性格だから、それなら一人で貼り紙をしてターンテーブルを回すほうがいいそうです。
信じきれないし、切り捨てもしない。この構えは、そのままインタビューの構えでもあります。実際その日の相談も、社会運動をしているDJに、まず話を聞いてみるところから、という結論になりました。
明日、子どもが死ぬかもしれない
その日、tapiさんがいちばん言葉に詰まっていたのは、ある方が書いた記事の話でした。
https://note.com/saryu126/n/nf5ddb9862229
我が子のために少しでもマシな未来を残そうとして働く。とはいえ、その我が子が明日も元気でいる保証はない。世界は不確実性や偶然性が大き過ぎて、そのあまりの大きさで、ゲシュタルト崩壊する。「マシな未来を残す」という健全で純粋な動機も、一緒にゲシュタルト崩壊する。自分が必死に働いたり、毎月こうして話をしたり、研究したりしていることが、何のためかがわからなくなっていく。
tapiさんはもともと、大学院で気候変動や環境問題の研究をしていた人です。マシな未来を残すという動機は、その延長にあります。ところが子どもが生まれてから、その動機のほうが揺らぎました。
常に最悪の未来を仮定して、心理的な予防線を張る癖がある。こういう性格や癖と、出産・子育てはだいぶ相性が悪いそうです。流産、死産、乳幼児突然死症候群、日常での事故、障がい、いじめ、自殺、そのすべてが他人事に思えない。我が子じゃなくてよかった、とは思えない。もともと(おそらく)平均よりも薄かった自他境界が、子どもというトリガーで、わりと完全に決壊したのではないか、と彼女は話していました。
とにもかくにも、100パーセント前向きで純粋な気持ちでは動けない。マシな未来ってなんだろう? 未来という不確実の塊みたいなところに、子どもという存在を放り込む選択をした。「独り相撲」のような妊活を経て。あれは、あの時期は何にそんなに急き立てられていたのか。でも世の中には、振り返ったり反省したりすることが、全く意味をなさない事象があるんですね... とtapiさんは話します。とりあえず、何もしないわけにはいかない。
この一連の説明を、tapiさんは何度も言い直していました。
「子どもを持つ理由・持たない理由」というテーマが、なぜこの人のテーマなのか。子どもを持つかどうかという問いは、この人にとっては人生設計の話ではありません。命が続くか途切れるかという確率の話、本来その人が負いきれない責任を負う選択をするのかという話、環境破壊や資本主義的な消費の主体を増やすのかという話、世界の不確実性をどう捉えるのか、もしくはシラフをごまかしてやり過ごすのかという話、tapiさんのまとまり切らない思考の結節点のようなテーマです。
書き残していいのか
その日の終わりのほうで、tapiさんはこう言いました。
そもそも、こういう記事を残していていいのかな、と思うことがある、というか常々真剣に悩んでいる。子どもが大人になったときに、これがネット上に残っていたらどう思うだろう。すでにこの記事ですら、夫、恋人、子どものプライベートにも一部立ち入っているのに。たとえば、夫とレスについて話し合う対談を公開するとなれば、もっとセンシティブになる。どうかなと思いつつ、でもやらずにはいられない。”ないなら創る 居ないならなる”(tha BOSS "YEARNING" の歌詞の一節)。
私も昔、ウェブに日記を書いていました。これは私のことじゃないのか、と当時のパートナーに言われたこともあります。プライベートを書くこと、ネガティブなことを書くことが引き起こす葛藤や人間関係への影響は、多くの人に身に覚えがあるのではないでしょうか。
名誉毀損の線引きは難しい。それでも、記録しておいたら「面白い」とは思います。私はそう答えました。tapiさん自身も、同じ日にこう言っています。フィクションや映画では得られない養分が、個人のnoteやブログには落ちている。何より関西人として「面白い」ならやる、これは逆らえない。
話を聞かせてほしい人
「子どもを持つ理由・持たない理由」の次のテーマが「仕事・育児をしながら創作をする理由」になったのは、順当な流れです。時間も体力も足りない人が、それでも何かを作ろうとするのはなぜか。これは、tapiさん自身がいま置かれている状態そのものです。
仕事があって、子どもがいて、時間がないのに、それでも書いたり描いたり作ったりしている人。理由を聞かせてほしいのは、あなたです。
これまでのインタビューはマガジンにあります。台湾で二人の息子を育てているめいさんの回、プロジェクトの立ち上げの記事、それにtapiさんが在野で研究を続けることについて書いた記事も入っています。
読んでいただくとわかりますが、この人が投げるのは、正解のある問いではありません。相手もまだ言葉にできていないものを、二人で探します。うまく答えられなくて大丈夫です。むしろ、うまく答えられない話のほうが聞きたいはずです。
無名人インタビュー主宰 栗林康弘/qbc
