はじめに

社会学・人類学の本を読んでいると、研究者が長期間、ある地域や集団のなかに身を置いて、毎日のように観察したり話を聞いたりしている──そんな記録に出会います。

この調査のスタイルを、学術用語でフィールドワーク(field work)と呼びます。 Tapi在野研究ネットワーク のインタビュー研究も、広い意味で、このフィールドワークの系譜のなかにあります。

1. フィールドワークとは何か

フィールドワークは、ひとことでいえば、

研究の対象である社会的世界に、研究者が直接接触して観察する社会調査のスタイル。

を指します(吉岡のノートより)。

机のうえの統計やアンケートだけではなく、実際にその場所に出かけていって、その場の空気、人の表情、語られる言葉、語られない言葉までを、自分の身体で受けとめながら理解しようとする手法です。

2. 文化人類学から、都市社会学へ

フィールドワークはもともと、20世紀初頭の文化人類学で確立された手法でした。 マリノフスキー、ボアズ、ミードなどの人類学者が、トロブリアンド諸島やサモアといった「異文化」のなかに長期滞在して、その文化を内側から記述する──。これがフィールドワークの原型です。

そのあと、20世紀の都市社会学(とくにシカゴ学派)が、この手法を自分たちの近代都市にも応用しました。 都市の貧困地区、移民街、ストリートギャング、酒場、ホームレスのコミュニティ──。 都市は、人類学者にとっての「異文化」のように、社会学者にとっても、入っていけば多くの未知に出会える場所だ、というのが、シカゴ学派の発想でした。

ロバート・E・パーク、エヴェレット・ヒューズ、ハワード・ベッカー、エリオット・リーボウ──。 20世紀のシカゴ社会学は、フィールドワークの作品の宝庫です。

3. 微視的な相互作用や下位文化の研究には、不可欠

ではなぜ、フィールドワークが必要なのでしょうか。

統計やアンケートは、社会の「平均像」や「全体傾向」を捉えることに優れています。 ですが、ある現場で人々がどんなふうにやり取りしているか、ある集団のなかにどんな下位文化(subculture)があるか──こうした微視的なリアリティは、統計では取り出せません。

たとえば、職場のいじめがどう始まるか、コミュニティのなかで誰がどんな役割を担っているか、ある業界の独特の言い回しがどう機能しているか。 こうしたことを知るには、その場に行って、観察し、話を聞き、ときには一緒に過ごすしかありません。

そして、その経験をフィールドノーツとして記録し、整理し、分析していく。 このプロセスのマニュアル化(教科書化)も、いまでは進んでいます。

4. フィールドワーカーと、インフォーマント

フィールドワークの現場には、決まった役割名があります。

「インフォーマント」という言葉には、たんなる「データの提供者」ではなく、その文化や現場のことを教えてくれる人というニュアンスが含まれています。 研究者は、教えてもらう側に立つ。これが、フィールドワークの基本的な姿勢です。

5. インタビュー研究と、フィールドワーク

Tapi在野研究ネットワーク のインタビュー研究は、長期滞在型の古典的フィールドワークとは少し違います。 ですが、思想の根っこは共通しています。

私たちはインタビューの場を、ひとつのミニチュアのフィールドとして扱います。 1時間半か2時間のあいだに、相手の世界がほんの少し開かれる。その瞬間を取り逃さないように、こちらは耳を澄ます。 これは、長期滞在型のフィールドワークの精神を、インタビューという形式に縮約したものだと、私は思っています。

結び

フィールドワークは、社会調査のひとつの手法であると同時に、研究者の姿勢そのものでもあります。

机のうえで仮説をひねり回すのではなく、実際の現場に出ていって、教えてもらう。 そこで出会った驚きや違和感を、丁寧にことばに起こしていく。

Tapi在野研究ネットワークが大切にしている「ひとりの語りを丁寧に聴く」という姿勢も、このフィールドワークの伝統につながっています。

参考資料

【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】

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