はじめに
社会調査の現場では、「いきなり本調査をする」ということは、ほぼありません。 本番の前に、必ずといっていいほど通る一段階があります。
それが、今回取り上げるパイロット調査(pilot survey)です。
地味で目立たないけれど、調査の質を左右する、研究者にとって大切な工程です。
1. パイロット調査とは何か
パイロット調査は、ひとことでいえば、
調査において、調査票の試案ができたところで、調査対象に似たグループに対して、試験的に調査を実施すること。
を指します(吉岡のノートより)。
「パイロット」とは、ここでは「試験運用的な」というニュアンスです。 本番のフライト前に試験運航するように、本調査の前に小規模で試してみる──そんなイメージです。
2. 何を確かめるためにやるのか
パイロット調査で確かめたいことは、おおむね3つに整理できます。
ひとつ目は、質問の意図が回答者に伝わるか、そして回答選択肢が適切か。 研究者が考えた質問は、頭のなかでは明快でも、調査票に落とし込んでみると、回答者には別の意味に取られていることがよくあります。 回答選択肢も、「あれ、自分の答えはどれにも当てはまらない」となれば、データの質は崩れていきます。
ふたつ目は、質問の量や構成が適当か。 30分のつもりが2時間かかってしまうと、回答者の負担が大きすぎてデータが歪みます。 逆に、質問が薄すぎても情報が取れない。このバランスを確かめます。
三つ目は、仮説の検証ができそうか。 あらかじめ立てた仮説が、本調査でちゃんと検証できる設計になっているか。 パイロットで集まる回答の傾向を見ると、本調査の設計を見直すべきかが見えてきます。
3. パイロット調査と、本調査の関係
パイロット調査の結果は、論文や報告書の本文に表立って登場することは少ないです。 ですが、本調査の設計を支える、見えない柱になっています。
ありがちな修正の例:
- 質問の言葉遣いをやさしくする
- 5段階を7段階に変える、あるいはその逆
- 「どちらでもない」の選択肢を入れる、あるいは消す
- 質問の順序を入れ替える(敏感な質問を後ろに回す)
- 同じことを聞いている重複質問を削る
こうした調整を本調査の前にしておくことで、データの取り直しという最悪の事態を避けられます。
4. 質的調査でのパイロット ── インタビューの場合
パイロット調査は、量的調査の用語として使われることが多いですが、質的調査(インタビューやフィールドワーク)でも、本質的には同じ工夫が行われます。
Tapi在野研究ネットワーク の場合、本格的なインタビューに入る前に、
- インタビューガイドの試行
- 録音の音質チェック
- インタビュアー側の応答パターンの観察
- 質問の順序の確認
などを、関係者や近しい方に対して試験的に行うことがあります。 これも広い意味でのパイロット調査です。
本番のインタビューを始めてから「あ、この質問の順序がよくなかった」と気づくと、すでに何人かのデータが取り直せない状態になっています。 だからこそ、最初の一歩としての試行は、とても大切です。
5. インタビュー研究と、パイロットの精神
Tapi在野研究ネットワークが大事にしている考え方のひとつに、「最初から完璧を目指さない」があります。 パイロット調査の精神は、まさにそれです。
- 試案をつくる
- 試してみる
- 結果を見て修正する
- 本番に進む
このサイクルを、調査の設計だけでなく、ひとつひとつのインタビューにも、プロジェクト全体の運営にも、応用できます。 完璧な計画から始めるよりも、小さく試して学ぶほうが、結果として深いところまで届くことが多いのです。
結び
パイロット調査は、社会調査の地味だけれど大事な一工程です。
調査票の文言や、インタビューの問いかけが、相手にどう届くか。 本番に入る前に、それを確かめておく謙虚さが、よい研究の土台になります。
「いきなり本番」を避けるための時間を、研究のプロセスにきちんと組み込む。 そんなパイロットの精神を、Tapi在野研究ネットワーク のプロジェクトでも大切にしていきたいと思います。
参考資料
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「パイロット調査」
- 社会調査の入門書一般(調査票設計の章)
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】