はじめに
地震のあとの買い占め、SNSで広がるデマ、突発的な暴動や、なぜか同じ方向に動き出す行列──。 個人としてはそんなことをしないはずの人たちが、ある状況下では、似たような行動を取ってしまうことがあります。
この現象を、社会学のことばで扱ったのが、ロバート・E・パーク(Robert E. Park)でした。 今回取り上げる集合行動(collective behavior)です。
1. 集合行動とは何か
集合行動は、ひとことでいえば、
共通の集合的な衝動のもとで、相互作用によって類似の反応が引き起こされて拡大して起きる行動。
を指します(吉岡のノートより)。
具体的には、パニック、マスヒステリー、流言、暴動、群衆の集団行動など。 1920年代のシカゴ大学を拠点としていたシカゴ学派のロバート・E・パークがこの用語を命名し、その後、ブルーマー、R・H・ターナーなどによって理論化されていきました。
2. シカゴ学派が見ていた風景
シカゴ学派が集合行動に注目したのには、時代背景があります。 20世紀初頭のシカゴは、急激な都市化と移民流入のなかで、社会不安が高まっていた時期です。 工業化、人口集中、エスニックグループのあいだの摩擦──。
この急激な社会変動のもとで、人々の集合的な行動がどう動くかを観察することは、当時の社会学にとって切実なテーマでした。 パークたちは、新聞報道や群衆の動きを丁寧に観察しながら、集合行動の理論を組み立てていきます。
3. 集合行動の特徴:非日常性、非合理性、情動性
シカゴ学派が描いた集合行動には、いくつかの特徴があります。
- 非日常性:ふだんの社会的役割や日常のルールが、一時的に弛緩する
- 非合理性:個人としては合理的に考えるはずの人が、群衆のなかでは合理性を失う
- 情動性:感情が増幅され、伝染していく
この三つは、集合行動を分析する基本の補助線です。 循環反応(誰かの反応が別の誰かの反応を引き起こし、それがまた次へ広がっていく)や、組織化、制度化のプロセスとして、集合行動は理論化されてきました。
4. 集合行動と集合行為 ── 似ているけれど違うもの
集合行動と並んで、集合行為(collective action)という言葉もあります。 これは似ているようで、視座がはっきり違います。
集合行為は、個々人の行為が合成されて、集合体レベルでの行為に統合されることを指します。 そして、利得計算に基づく合理性を重視する見方です。
たとえば、社会運動。 1970年代前半までのアメリカでは、社会運動は集合行動の一種と見なされていました。 ですが、公民権運動の実態と、1970年代後半に登場した資源動員論を契機に、社会運動はむしろ集合行為として捉えられるようになっていきます。
- 集合行動:非日常的・情動的・非合理的なものとして捉える
- 集合行為:日常的な利害計算と組織化の延長として捉える
このふたつの違いを意識すると、ニュースで「群衆が動いた」「市民運動が起きた」と報じられている現象を、より精密に読むことができます。
5. インタビュー研究と、集合行動
Tapi在野研究ネットワークがインタビューを通して聴く語りのなかにも、集合行動的な瞬間が現れることがあります。
- 「あのときは、なぜかみんな同じ方向に動いていた」
- 「自分でもよくわからないまま、流されてしまった」
- 「SNSの空気が一気にあるほうへ傾いて、怖くなった」
- 「群衆のなかにいる自分は、いつもの自分と違っていた」
こうした語りは、個人の理性的な判断とは別の層で、人が集合的な相互作用のなかで動かされている瞬間を映し出しています。
社会学は、こうした「個人の合理的選択」では説明しきれない現象に対しても、ことばを用意してきました。 集合行動という言葉は、その代表的なひとつです。
結び
集合行動は、私たちが個人としてふだん持っている合理性が、状況のなかで揺らぐ瞬間を捉える概念です。
「みんなが動いているから自分も動く」という日常の小さな同調から、買い占めや暴動のような大きな事件まで、その射程は広い。 ニュースを読みながら、「これは集合行動なのか、集合行為なのか」と一呼吸置いて考えてみる。それだけで、社会の見え方が少し違ってきます。
参考資料
- ロバート・E・パーク(シカゴ学派の集合行動論)
- ブルーマー、R・H・ターナーの理論化
- スメルサーの社会システム論による体系化
- 吉岡詩織の社会学用語ノート「集合行動」
【執筆:吉岡詩織 / 編集:qbc(栗林康弘)】