二つの研究
qbc:まずは基本的なプロフィールから。お名前をうかがえますか。
たぶ先生:いわおひろあき、です。たぶ先生、と呼ばれています。
qbc:研究されている分野は。
たぶ先生:今は、発達障害に関する研究です。当事者や支援者、ご家族へのインタビューを通じて、発達障害のある人や、その傾向が強い人と、どうしたらお互いに分かりやすく、居心地よく過ごせるか。そのコミュニケーションのあり方を研究しています。もう一つは、大学院生の頃から続けている理論的な研究で、ドイツのユルゲン・ハーバーマスという人の学説研究です。
qbc:それぞれ、どれくらいやられているんですか。
たぶ先生:ハーバーマスのほうは、今年もう一本、二本目の論文を書きたいと思っているところです。年数でいうと、大学院に入ったのが2011年で、そこで六年ほど。社会人になってからはブランクもありますが、細々と読み継いではきたので、もう15年ぐらいになりますかね。
qbc:インタビューのほうは、どれくらい。
たぶ先生:発達障害の界隈の人へのインタビュー、とはっきり銘打って始めたのは、栗林さんとのやりとりの中でなので、今年に入ってからです。だから半年ぐらいですね。
qbc:発達障害の現場への関心は、どれくらい前からですか。
たぶ先生:子どもたちに面白さや魅力を感じて関わりだしたのが十五、六年前の秋ぐらいからなので、やっぱり十五、六年ぐらいになります。
qbc:その秋に、何があったんですか。
たぶ先生:大学院に行くときに、家庭教師のアルバイトを始めたんです。そこで、発達障害の子どもたちのための部門を新しく立ち上げるから、立ち上げメンバーに入ってみませんか、と声をかけていただいたのがきっかけでした。
qbc:当時、「発達障害」という言葉は、初めて聞きましたか。
たぶ先生:はい、その時に初めて聞きました。知的障害とはまた別の、何の発達の障害なんだろう、というところから勉強を始めました。世間的な認知がどうだったかも、まったく分からないところからのスタートでした。ただ、職場では月に一度くらい、ケース会議のような検討会や勉強会が、割と定期的にありました。
リストラから、大学院へ
qbc:ハーバーマスのきっかけは。院に入る前から知っていたんですか。
たぶ先生:ハーバーマス自体は、院に入る前から知っていました。
qbc:じゃあ、ハーバーマスをやるために。
たぶ先生:ハーバーマスをやるために、大学院に行きました。僕は学部を出てから一度サラリーマンをやっているんですけれど、リーマンショックがあって、リストラに遭いまして。正社員一年目という、会社の中では一番守られる立場だったのに、その状態でもリストラされたのが結構ショックで。正社員だからといって、無期限雇用じゃないんだな、と。長く勤めて部長になりたいという夢があったんですけど、こんなにあっけなく終わるんだな、と思ったときに、じゃあやりたいことをやろう、と思ったんですよね。
自分のやりたいことって何だろうと考えたら、すごく勉強が好きだったんです。それに、会社に入って、上司や先輩、お客様とのコミュニケーションが、すごく勝手が違うというか、難しくて。どうしたらいいのかなと悩んで、コミュニケーションについてちゃんと勉強したいなあ、大学院も行きたかったしなあ、と。実家の近くの大学の図書館に、地域の住人として入れたんですよね。そこでコミュニケーションについて本を読んでいたときに、一本の論文に出会って。でも、その論文の中身が、どうも辻褄が合わないんです。これは僕にとってすごく大事っぽいけど、どういうことなんだろうと思って、元のソースを辿ったら、ハーバーマスをもとにしたコミュニケーションに関する論文だったんですよ。じゃあ元のハーバーマスを読みたいなと調べたら、ドイツ語で、日本語訳がされていない論文だった。これは一人でドイツ語は読めないので、大学院に行って先生に教わらなくちゃ、と思って、受験を決めました。
qbc:なんで、そんなモチベーションが出たんですかね。
たぶ先生:このままじゃだめだ、と思っていたんですよね。
qbc:何歳の時ですか。
たぶ先生:大学を出て二十二、一年働いて二十三、リストラされてショックでブラブラしていた時期があって二十四、入るのが決まったのが二十四、五ぐらいですね。
qbc:もともと、強い行動力を発揮するタイプなんでしょうか。
たぶ先生:どうでしょう、強い行動力なのかなあ。実家を出るのに母を多少説得したりはしましたけど、お金も奨学金があれば、バイトと掛け持ちすれば何とかなるかな、と思っていましたし。あの時は、勉強していれば応援してもらえる、褒められる、と思っていたので、周囲の反対を押し切ったという感じでもなかったんです。とりあえず働く、とりあえず会社員をやる、というよりは、やってみたい、勉強してみたい、大学院に行ってこれを読んでみたい、という気持ちのほうが勝っていた。割と素直に行動していた、というのが率直なところかな、と思います。
通勤時間のなかの研究
qbc:今は、どんなふうに進めているんですか。アウトプットも同時に、という感じですか。
たぶ先生:アウトプットは、今のところハーバーマスに関してはまったくなくて。ただ、論文の筋自体は、もう自分の中で定まっているので、それを補強するというか、裏打ちするために、先行研究をとりあえず二十本読む、というのを目標にしています。Google Scholarで先行研究をリサーチして、できるだけ新しいドイツ語の文献をキャッチして、それをAI翻訳に放り込んで日本語にして、通勤時間の間に読んでチェックを入れる。それをやっています。ただ、今はそのAI翻訳に放り込む作業のところで止まっていて、進捗はちょっと停滞気味です。
qbc:やりくりのところ、時間やお金、特に資料へのアクセスは、どんな感じで進めていますか。
たぶ先生:僕は、フィールド調査の出張費とか、アンケートを何百通、何千通と郵送する切手代みたいな、お金のかかり方はしなくて。本は学生時代に買い集めたものがありますし、論文はもう無料でアクセスできるので、ハーバーマス研究に関する出費は、まあ発生していないですね。時間のやりくりでいうと、やっぱり、仕事をして、家のことをやって、子どものことも見て、という中で、最後のもう一踏ん張りがきかなくなって、停滞している、というのはあります。時間的にも、体力的にも。
「研究、やらなくてもいいんじゃないですか」
qbc:研究、やらなくてもいいんじゃないですか。やっちゃう、というか。
たぶ先生:なんで、やっちゃうんですかね。モチベーションというか、理由としてはいくつか重なっていて。一番はやっぱり、発達障害やその傾向が強い子どもたちとコミュニケーションを取ろうとしたときに、どうやったら繋がれるんだろう、というのを常に考えながらの実践なんですよね。そこを、関わったお子さんの人数とか、関わってきた年数とか、要は経験値だけに頼るのは、僕はだめだと思っていて。経験値だけに頼ろうとすると、目の前にいるお子さんとの関わりが、実験の要素が強くなっちゃう気がするんです。プロとしてケアをしたり、お子さんから気持ちや内面、言葉を引き出したりするためには、その引き出し方を、どこか他のところから学んでこなくちゃいけない。その一環としての研究なんです。
あともう一つは、やり残した宿題というか。僕は博士論文が書けなかったんです。博士課程は終えているので。そこはやり遂げたいな、と。よく、足の裏についた米粒って言われたりするんですけど、取っても食えないし、でも取らないとずっと気になっている。そういうのがあるので。あとは、せっかく勉強するんだから、新しいものが出せるといいよね、というアウトプットの一環として研究する、というのが、名残りみたいに自分の中に残っていますね。
つながりは、割と充実している
qbc:今の人間関係、研究するにあたっての学会や仲間、先生といったところは、どうなっていますか。
たぶ先生:ハーバーマスを、僕の研究に沿って直接教えてくれる先生とは、大学院を辞めたタイミングで、ちょっと疎遠になっているんですよね。なので、ハーバーマス研究という意味で、今、直接誰かに指導を受けているということはなくて。ただ、発達障害のあるお子さんとのコミュニケーションという面では、今、ある社会学者のゼミに、正式な所属ではない形で参加させてもらっています。オンラインで参加して、他の方の研究発表を聞いてコメントをしたり、ということをやっています。時々ですけど。僕以外にも、外から参加しているゼミ生が何人もいるんです。
qbc:他の人間関係は、研究関連でありますか。
たぶ先生:研究と言っていいのか分からないんですけど、あります。以前の職場の師匠が、ずっと毎月一回、事例検討会のようなことをされているので、それもオンラインで参加しています。
qbc:もっと欲しい、これが足りない、というのはありますか。
たぶ先生:どうでしょうね。自分が勉強する時間は、圧倒的に足りていないな、と思いますけど。
qbc:じゃあ、ネットワーク的には、そんなに困っていない。
たぶ先生:そうですね。割と充実しています。
勉強していないと、怖い
qbc:十年以上、アカデミアからは離れているわけですよね。続けられている理由は、何なんでしょう。
たぶ先生:何なんでしょうね。勉強しているとか研究していると言うと、「すごいですね」と言われて。今日も、写真を撮ってもらうためのメイクの方とお喋りしていたら、「私、全然勉強がだめで、挫折しちゃって。すごいですね」と言われたんですけど、僕は逆で、勉強していないとだめで、怖いんですよ。基礎的なことが分かっていないとか、最新の情報をどこまで追えているか自信がないとか。仕込めるものを仕込まないままお子さんや保護者さんに対応することで、救えたはずの一言を逃していないか、無神経なことを言っていないか、というのがすごく怖いので。その辺を補強する、補っておく、知っておくために、勉強や研究は僕には必須だと思っているんです。
まあ、義務感というか、怖さから、勉強しないと人前に立てないよね、と思っている部分があるのと。あと、勉強すると、ああ、そうだったんだ、と分かったり、お子さんや保護者さんと接している時に崩れていくものを、勉強することで整え直す、きっかけや時間になるので。そういう意味では、僕にとってはすごく大事な時間なんです。だから、続けるのが当たり前だし、続けなくちゃいけないとも思うし、続けてきてよかったな、とも思う。それが理由ですかね。
qbc:そうやって勉強するものが組み込まれているのは、どこからやってきたんですかね。
たぶ先生:大学院は、割と、理論と実証の両方をやりなさい、二本柱を立てましょう、というスタイルだったんですよね。社会学的なものの見方を学ぶために理論の研究をやって、現場には現場で見るべきものがあるから調査にも出ましょう、と。ただ、勉強して、試して、また勉強して、というサイクル自体は、もしかすると中学生ぐらいまで遡っちゃうかもしれないです。もっと遡ると、小学校の時に友達と将棋を習いに行っていて、上手になりたいから詰将棋や定石の本をやって、並べてみて、試してみて、また勉強して、というサイクルは、その頃からあったと言えばあったのかな、と。だから、いつからやっているんでしょうね。自分でも分からないです。
仕入れと、打ち出し
qbc:最後に、これからのことや、読んでいる人へのメッセージ、補足があれば。
たぶ先生:僕が出た学部の大学は、毎月、広報誌みたいなものを家に送ってくるんですけど、その中に「在野で行こう」というページがあるんですよ。どなたが連載していたか名前がぱっと出てこないんですけど、僕、そのページがずっと好きなんですよね。研究者には僕はなれなかった、と自分では思っているけれど、大学や高校のような働き方をしていなくても、自分なりに勉強して、実際にやってみて、また勉強して、というかたちで、それなりに積み上がっているものがあるのかな、と。うまくまとまらないですね。これからも多分、同じように、勉強して、研究して、実践して、というサイクルは、ぐるぐるしていくと思います。
qbc:研究していることの良さって、何なんですかね。
たぶ先生:自分のスタイルというか、自分のやりたいことや言いたいことが出てきた、というのはいいことかな、と。勉強って、僕は「仕入れ」だと思っているんです。他の誰かが言いたいことややったことを吸収するのが勉強で、それをいろいろ自分の中で混ぜ合わせて、「タブとしてはどうするの?」というのを出していくのが、僕は研究だと思っているんですよ。「お前どうすんの、どうしたいの」というのに、「僕はこうしたいです、こうしてみたいです」と打ち出していくのが研究だと思っているので。そのアウトプットの道が開かれている、というのは、研究をやっていく、いい道筋なんだろうなあ、と思います。
qbc:ありがとうございました。
インタビューを終えて
念のための補足ですが、これは聞き手である私の受け取り方にすぎません。それでも、「勉強していないと怖い」という言葉と、「仕入れと打ち出し」という言葉は、どこかで繋がっているように思いました。誰かのために正確でありたいという怖さと、それでも自分として何かを出したいという願いがあり、その二つのあいだで揺れながら続けていくことが、たぶ先生にとっての研究なのではないでしょうか。
「在野研究者インタビュー」は、大学の外で研究を続けている人に、テーマの手前にある部分を聞いていく連載です。時間やお金のやりくり、迷い、続ける理由といった、論文には残らない、その周りの余白のような部分を、これから少しずつ記録していきたいと思っています。
たぶ先生について
発達特性のある子どもたちとのマンツーマン療育・教育に15年携わってきました。仙台で発達障害専門の家庭教師としてスタートし、児童発達支援・放課後等デイサービスの現場、複数施設のマネジメントを経験。noteでは療育に携わる方々へのインタビューやエッセイを発信しています。
保有資格:保育士/中学校・高等学校教員専修免許(社会・公民)/社会福祉士/児童発達支援管理責任者/産業カウンセラー
こんな人に話を聞きたい
「在野研究者インタビュー」では、お話をうかがえる方を探しています。次のような方に、ぜひご連絡いただきたいと思っています。
- 大学や研究機関に所属せずに、研究を続けている方
- 仕事や子育てと並行して、勉強や調査を続けている方
- かつて大学院にいて、いまは別の場所で研究を続けている方
- 分野を問わず、「これは研究と呼べるのだろうか」と迷いながら、何かを調べ続けている方
肩書きや業績は問いません。論文になっていなくても、いま止まっていてもかまいません。むしろ、どうやって続けているのか、止まっているときに何を考えているのか、そのあたりをうかがえたらと思っています。
心当たりのある方、まわりに思い当たる方がいらっしゃる方は、お問い合わせフォームからご連絡ください。
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無名人インタビュー主宰 栗林康弘/qbc
